SQ5のハウンド、キトラ君の狼、レインの話です。
二次創作なので、宜しければ御覧下さい。SQ2の世界とリンクしてます。
SQ2のSS、「いつも君の傍に」をお読み頂くとより分かり易いかもしれません。
SQ5が分からない人には説明不十分かと思われます。
大丈夫な方のみ、下へスクロールして御覧下さい。凄い短いです。SSSって感じです。
<陽と闇を分かつ時>
ある森の中に年老いた猟師と少女が住んでいました。
少女はいつも一人ぼっちでしたが、森の動物達と心を通わす事が出来たので、寂しくありませんでした。
その内、少女は傷付いた一匹の狼と出逢います。
孤独な少女と仲間と逸れた狼は、少しずつですが次第に仲良くなっていきました。
やがて少女は大人になり、それはそれは美しい娘になりました。
森に美しい娘が住んでいると噂を聴き付けた領主は、娘を花嫁にしようと森を訪れます。
しかし、森から離れる事を嘆いた娘は、それを拒みました。
怒った領主は、娘を庇う狼を殺そうとしましたが、謝って娘を殺してしまいます。
狼は娘を護れなかった事を悔い、自分を責め、一人啼き続けました。
年老いた猟師が死に、森が朽ち、領主が治める土地が滅び去っても啼き続けました。
灰色だったその身は、やがて涙の水色に変わり、金色だった瞳は真っ赤に染まりました。
柔らかな毛並みは鋼のように硬くなり、吼える声には魔力が宿りました。
娘を探して世界を彷徨う様を哀れに思った獣神は、水色狼の時を止めました。
その思いの強さから世界に数匹いる水色狼は、実態は一匹だと言われているのです。
その年、キトラは自分がハウンドになる前から可愛がっていた相棒の黒い狼ジェイドを失ったばかりだった。
元々は父親の忘れ形見だった老狼だったのだから、寿命と思われても仕方無い年だった。
年齢の事も考えて指示しなければいけなかったのは自分だ。
足場の悪い崖の道での戦闘での事、モンスターに仲間を次々と呼ばれ逃げる事も難しく、キトラは前線に立つしか無くなった。ジェイドの傷がみるみる増え、耐えられなくなったからだ。
そして仲間のハウンドが駆け付ける前に、ジェイドはキトラを庇って死んだ。
自分の手の中で死に逝く相棒に、数年前に死んだ父親の姿を重ねた。キトラはこの数年で大事な者を亡くし過ぎた。
兄弟や仲間達の必死の慰めも功を為さないまま、時は流れた。
ある朝、キトラはふと霧の中に自分を呼ぶ声を聴いた。
それは耳を震わす声では無かったと今では分かる。しかし、キトラは確かに「聴いた」のだ。
魂にそっと寄り添うような、心を逸らせる声。
それは永らくカラーリットの中に居たキトラを、朝霧の中へ突き動かす程の衝動を招いた。
声に引き寄せられるかのように、慣れぬ山道を一心不乱に歩く。
哀しみにより引き籠っていた時間が長く、筋力の衰えた身体が悲鳴を上げていたが、足を止める気は無かった。
そして出逢ったのだ。銀色にも輝くような水色の狼に。
部族の者は皆、口を揃えて仔狼を新たに育てる方を勧めた。
先ず、水色の狼などこのアルカディアには居ない。
然も年は不明だが、立派な成狼だ。訓練する事はほぼ不可能だと。
キトラとて、それは十分理解していた。
だが、出逢った時から、この水色狼以外、自分の相棒は考えられないと思った。
彼と一緒に居られないのなら、ハウンドの職業を引退してもいいとさえ思ったのだ。
それ程、この水色狼を気に入ってしまったのだ。
まるで長年連れ添った主人に仕えるかのように、斜め左後ろにそっと寄り添う大柄な狼は、他の狼の優に3倍は大きい。
小柄な少年であるキトラには仔牛程の大きさに感じるだろう。
家族も仲間達もキトラのハウンドとしての復帰は無いだろうと肩を落とした。
更に興奮した大狼に襲われ、訓練中に命を落とすかもしれないと心配さえした。
しかし、それはただの杞憂であったと皆が理解するのに、そんなに時間は掛からなかった。
「レイン」と名付けられた水色狼は、キトラの説明を聴き、人語を理解しているかのように、その意のままに動いたのだ。
冒険者になれる程の技術を数日の間に習得してしまったのである。
キトラは常にレインと共に在った。まるで長年探し求めていた運命の相手に出逢えたかのように幸せな日々だった。
「君はずっと傍に居てくれよレイン。僕を置いて逝ったりしないでおくれ。お願いだよ」
この土地の冬は寒い。下がって来た気温に身を震わせるとレインが包むように身体を丸めキトラに寄り添う。
温かい毛並みに護られ微睡みながらキトラが囁く。
獣達の寿命は、圧倒的に人間より短い。キトラは恐れる。愛しても愛しても自分は見送るしかない事を。
幾ら愛したとしても、彼等は絶対、主人を置いて先に逝ってしまうのだ。それは運命としか言えない。
それでもキトラ達ハウンドは新たな相棒を探すしかない運命なのだ。
「君が逝く時は、僕のこの喉を裂いてから逝っておくれ。いいから。君になら、僕はいいから。だから」
寂しさ故、哀しさ故、キトラはそのまま涙を零しながら、寝入ってしまった。
レインは金色の目を揺らしながら、その様をじっと見詰めていた。
やっと出逢えたのだ。
傍を離れるつもりは無い。レインは思う。
獣神に時を止められた自分は、不老不死とも言える。
例えこの場で命が絶えたとしても、あの森のあった場所からまるで、哀しみの涙が凝縮されるかのように、水色狼は生まれるのである。そして彼女の魂を探し続ける。
今彼女はこのキトラという少年の中に生き継いでいる。
レインは以前、別の世界で別の名前で呼ばれていた。
キトラの前の彼女はメディックの少女で、いつも優しく自分を呼んでくれた。
優しい彼女はもういない。愛するアルケミストの少年と永遠を誓い、大勢の家族に見守られ寿命を全うしたのだ。
レインは彼女を家族と共に看取り、大賢者と呼ばれるまでになった嘗てのアルケミストの少年の涙を受け止めた。
「ジャスパー、いいんだよ。彼女を追って行けるのは君だけなのだから」
温かい掌から、彼の愛が伝わって来て、ジャスパーは小さく啼いた。
「私にはもう大勢の家族がいる。君とシャスが居てくれたお陰だ。君との思い出はもう私だけの物ではない」
その手に後押しされ、埋葬される彼女を見届けると、次の彼女の魂の入れ物を探し始めた。
しかし、何年経っても、ハイ・ラガード公国にも、エトリアにも、この世界には、見付けられなかった。
だからジャスパーは、時空を越える。
そしてアルカディア中を彷徨い続けた。
「本当にキトラとレインはいつも一緒なんだね」
天譴を下す巫子のシャーマンであるスズシロと一緒にジェネッタの宿の1階で朝食を摂っていた際、感心したかのように彼が言った。紺がかった碧の前髪が目に掛かって居て、その表情は分からないが、彼がまるで羨ましがっているかのように言うので、キトラはつい揶揄って返す。
「君だって、ハナといつも一緒じゃないか」
スズシロもそう返されると分かっていたのだろう。それでも敢えて振ってくれる優しい友人に、キトラは甘えたくなるのだ。
「僕の場合は、姫様に仕えるのが仕事と言うより習慣だからね」
其処は仕事と言い切らない処が、スズシロの優しさと誠実さを物語っていた。だからキトラは決してメンバーの少なくないギルド仲間の中で、スズシロが一番好きなのだ。まるで彼女を支えるのが当たり前だと言うのを、「習慣」と冗談のように言う会話のセンスも、ただ彼を真面目なだけの少年に足らしめない美点だった。
「レイン、僕も君の友達にしてくれるかい?」
獣の身であるレインをまるで一人の人間であるかのように、その意志を尊重してスズシロは視線を寄越す。キトラがスズシロに優しく微笑んだ。カラーリットの中で泣いていた少年はもう居ない。
やがて、彼も愛する少女と出逢い、家族を作り、レインを置いて逝ってしまうのだろう。
レインは大男の腕程もある大きな尾を振り、小さく啼いた。
人は嘘を吐くものだ。
だからその言葉全てを信じてはいけない。
失った過去は取り戻せない。
だから探し続ける。
亡くした想い出が色褪せないように。
愛すべき主人、キルスティンの魂と共に。
<了>
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カラーリットはエスキモーなどが住む大きなテントだと思って下さい。