あぽまに@らんだむ

日記とか感想とか二次創作とか。

溢れる愛と祝福を(SQ5)

2016年11月11日 | 世界樹の迷宮5関連



千尋がアルカディア世界に来てしまったお話は長くなってきているので、先にこっち。
地球世界に残された東雲家の兄弟のお話です。
以前は7人兄弟と書きましたが、最終的に9人兄弟になりました。知り合いが9人兄弟と聴いて(笑)
マニアなお話なので、大丈夫!という心が太平洋のように広い方のみ、下へスクロールして御覧下さい。


















<溢れる愛と祝福を>


東雲二海(しののめふみ)の朝は先ず、寒がりな義姉の為に灯油ストーブのスイッチを押す事と、やかんに水を入れてお湯を沸かし、ポットに淹れる事だ。
朝に飲む珈琲は小鳥(ことり)が淹れてくれるが、挽いた豆で淹れるのは自分の方が旨いと二海はこっそり思っている。
お湯を詰めたら自分は常温のままのスポーツドリンクを小さなポットに入れてジョギングに出掛ける。
それが日課だった。
例え特別な日だって変わりはしない。
日が差し気温が上がりつつある。今日もいい天気だ。
秋深くなって来た今日、この日。兄の一真(かずま)と義理の姉になる小鳥は結婚式を挙げる。
女性なら誰でも夢見るだろう式場での挙式を一真は何度も勧めたが、花嫁である小鳥が道場での人前式と言い張った。
立会人は花嫁の両親と兄弟、そして東雲家は兄弟だけという親族だけのささやかな式。
その一方、小鳥は挙式の日にちを延期しようと何度も一真に言って来た。
行方不明のままの三男、千尋が見付かって居ないまま、式を挙げるのは不謹慎だと一真を説得しようとした。



あの日。千尋が行方不明になった日。
無断で外泊などした事のない千尋が、朝になっても戻らなかった。
携帯に電話しても通じず、長男の一真(かずま)は早々に警察に届けを出し、兄弟達は何日もほぼ寝ないで探し続けた。
二海は、必死にアメリカから帰国すると聴かない長女の百花(ももか)を大事な時期なんだからと何とか言い包め、兄弟達は自分の仕事を放り出して、千尋の友人や千尋の行きそうな場所を尋ねて歩いた。
暫くして、千尋が送ったという友人のマンションの防犯カメラに映っている映像を見て欲しいと長男、一真が警察に呼ばれた。
死人のような顔色の兄を一人で行かせられなくて、二海は一真と共に警察署を訪れた。
刑事事件の可能性もあると捜査本部も出来ていた為、既に顔馴染みになっていた担当刑事は、困惑した表情で会議室の一室に二人を案内すると、ノートパソコンを開いて、小さなアイコンをクリックした。
セキュリティ会社が入っていたマンションらしく、玄関からエレベーター、階の廊下にまで防犯カメラは設置されていて、千尋が重そうに友人らしき男を担ぎ、男の部屋の前まで進んで行くのが、はっきりと映っていた。
扉の前に着くと、千尋は彼の鞄から鍵を取り出し、ゆっくりと扉を開けた。
その時、激しい突風が吹き、動かない筈の防犯カメラが轟音と共に左右上下に激しく揺れる。
そしてカメラは元の位置に何故か戻る。映像も戻り、まるで何事も無かったかのように不自然だった。
そして映像には泥酔しながら、ふらふらと扉に入り、倒れ込む友人しか映っていなく、千尋はまるで最初から其処に居なかったように忽然と姿を消していたのだ。
二人は映像の時刻を見ていた。時間は飛んでいない。魔法のように千尋は消えていた。
刑事は二人の言いたい事を簡潔に答えた。疲労の為か目の下に濃い隈が見えた。

「時間、飛んでないんですよ。マンションに入って行く時間、エレベーターの中の時間、友人宅のある階での時間。そして千尋さんが消えた時間。全て合致してますし、鍵や扉に付いた指紋も一致しました。でも、物音に気付いた隣の住人が扉を開けた際の状況が、突風の後の映像とも照合出来ました。一応、これからも捜査は続けますが…」

人知を越えたものを調査するのは難航しますからねと付け加えた刑事は、決して無能な輩では無かった。
全て裏付けをした上で二人を呼んだのだ。
一真も二海も絶句するしか無かった。
ただ、漠然と理解するしか無かった。
その時が来たのだと思った。
千尋は行ってしまったのだ。




「ちぃは、…千尋は…俺達と居て、幸せだったのだろうか」

これ以上、道場を閉めている訳にも行かず、一真は式を挙げた翌週から稽古を再開する事に決めた。
寧ろ身体を動かしていた方が気も紛れると二海や小鳥から強く勧められたのもあった。
夕食時にはいつもはビールばかりの一真が、珍しく洋酒の瓶を開けてグラスを傾けている。
看護師の小鳥は、重症患者が入った為、少し遅くなると連絡があった。
小鳥は当初、結婚しても千尋が家事をすると言うので、共働きをする予定だった。
しかし、千尋が行方不明になり、全てが一変してしまった。
大きな道場を切り盛りするには男二人では難しく、小鳥が家に入るしか無かった。
最愛の弟の行方が知れなくなった二人に、小鳥は恨み言一つ言わず、きっぱりと看護師を辞め、東雲の家に入ると言い切った。
古武道で最強と謳われる東雲流の師範、一真が惚れた女だけあって小鳥は美しく潔かった。
暗い台所。
数週間前までこの時間は、千尋が明日の朝食の準備をしていた。
その台所で一人、一真はちびちびと酒を飲む。
一真が洋酒の瓶を開けるのは大体心の整理をしたい時だけだ。
東雲家には常に千尋が居た。在学中、二海が大学から帰れば、台所から夕食を作る音が聞こえて来た。
疲れた顔をしていれば、何も言わず甘いものやお茶を淹れてくれるような優しい弟だった。
千尋は東雲家の人間とは全く似ていない容姿の美しい男だった。
両親も週刊誌に時折載るような美男美女だったが、千尋の容姿はこの世の者とは思えない美しさがあった。
髪は薄紫に近い鳶色をしていて、水に濡れるとクルクルと跳ねた。
瞳は金にも見える琥珀色と空の色を映したような明るい蒼のオッドアイ。
猫でも珍しいその瞳は虹彩を帯びていて、光の加減で様々な色に輝いた。
こんな美しい男は学校中、否、街中にも居なかった。



二海は暫く何も言えなかった。
幸せだったかどうかなど千尋本人にしか分からない。
でも、確かに自分達は千尋を実の兄弟だと思って居たし、両親も分け隔て無く、千尋を愛していた。
風に撒かれて消えてしまいそうな弟を、いつもジムの屋上に呼びに行っていたのは二海だ。

「幸せであって欲しいと思ってた。それは間違いない。そうだろう。兄貴」

洋酒の入ったグラスを置くと一真は両手で顔を覆うと、何度か大きく深呼吸しているようだった。
二海は兄の苦悩が手に取るように分かってしまった。
初めて千尋が東雲家に来た日の事を、まだ二歳になったばかりだった二海も良く覚えている。
あの頃、一真は既に小学生高学年になっていて、真っ白な布に覆われた乳飲み子の千尋を見て、姉の百花と共に瞳を輝かせた。
薄紫に見える明るい鳶色の巻き毛に乳白色の柔らかい肌と薔薇色の頬。
薄っすらと覗く瞳は金と空。赤子と言うのに全身が神々しく輝いて見えた。

「天使だ…。お母さん、うちに天使が来てくれたの?」

興奮して一真が母、蝶子(ちょうこ)に尋ねた。
蝶子は少し躊躇い、ベビーベッドを組み立てている颯一(そういち)を見た。
父は黙っていた。
蝶子はその意を組んだのか、牡丹のように微笑んで言った。

「いいえ、この子は私達の子。あなた達の弟になるの。名前は千尋。聳え立つ山々のように気高く、深い海のように情け深い心を持った子という意味なのよ」

「ちひろ」

「ち~ちゃん」

「ちぃ」

一真も百花も二海もそれぞれの心に刻み付ける。
この天使のような赤ん坊が自分達の弟になる。
可愛くて仕方無かった。
間も無く四男の四希(しき)や次女の十環(とわ)が年子で生まれ、末っ子の六男、京伍(けいご)が生まれるまで蝶子は子を産み、最終的に東雲家は11人家族になる。
下の弟妹達は、武道に忙しい両親や兄達とは違い、優し気で美しい千尋を「ちぃ兄(にい)」や「ち~ちゃん」など親しみを込めて良く懐いた。
しかし、幸せだった日々は10年にも満たない内に急遽終わりを告げる。
千尋が高校を卒業する前に両親が事故死したのだ。
二海達も充分大人にはなっていたが、慣れない葬儀や親族、武道の協会との手続きなどに追われていった。
30歳前の若輩の身で急遽、東雲流の跡を取る事になった一真と補佐する二海、渡米する予定だった百花。
三人は先の見えない不安に圧し潰されそうになっていた。
しかし、初七日が終わったその夜、そんな三人を居間に座らせ、千尋はきっぱりと言った。

「進学も就職もしない。俺が家に入る。だから、かず兄は館長をやって。ふみ兄はかず兄を手伝ってあげて欲しい。もも姉(ねえ)は予定通りアメリカに行ってスタントになる夢、叶えて来て」

金と空色の瞳が三人を映し、まるで宝石のように輝いていた。
二海達はそして気付く。
忌引きが終わり、通学を始めた下の弟達の弁当は誰が作っていたのか。
九人家族の洗濯物を誰がやっていたのか。
屋敷で執り行った葬儀の後、多くの親族が出入りした部屋の掃除は誰がやったのか。
哀しくなかった訳じゃない。
道場を経営しなくてはならない兄達の事、姉の将来の事、成人前に両親を失った弟達の事。
それだけじゃ無く、人は食べ、寝て、これからも生きて行かなければならない。
千尋はその全てを受け入れ、そして一人で受け止めようとしていた。

「でも…それじゃ…お前…、四希や十環たちが自立したら…どうするんだ」

兄弟達の為に、千尋のたった一度の人生を捨てさせる訳にはいかない。
こんなに可愛がって籠に囲うかのように慈しんで来た弟なのだ。
二海が呻くように諭す。
百花は更に悲痛な顔をしていた。

「ち~ちゃん、長女は私なのよ。皆が成人するまで私が入るべきだわ」

「もも姉…行き遅れになっちゃうよ。それに、ハリウッドで成功して、俺をNYに呼んでくれるって言ってくれたじゃないか」

一真は何も言えなかった。
可愛い弟が言い出したら引き下がらない事を良く知って居たし、何を言っても自分と二海に家事と道場の掛け持ちは事実上不可能だった。
渡米予定だった百花は、此処で行かなかったら一生後悔して生きていくだろう、そんな目には遭わせたくなかった。
でも、言葉に出して言う事も、また出来なかった。
「千尋、家族の犠牲になってくれ」などと。
三人は黙ったまま頭を下げた。
千尋は眉を八の字に下げ、困ったように微笑む。
社会に出ればこの姿を晒すしかない。
だから家に居るのが一番だと呟く。
そう言わせているのは自分達なのに、そんな事言わせたい筈ないのに、言葉を紡ぐ事が出来ない。

「俺は家に居るよ。此処で、皆の帰りを待ってる」

玄関先で手を振る千尋の姿を何度も振り返った気がする。
時には他の弟達や門下生達と一緒に手を振り、ずっと二海が見えなくなるまで玄関に立って居てくれた優しい弟。
今はもう居ない。



「何処に居ようと、ちぃは愛される。そういう子だったろう」

一真が顔を上げた。
大きく目を見開いてすぐ下の弟を凝視している。
驚いたような、何かがすとんと胸に降りたような、そんな表情だった。
顔を覆っていた両手を下ろし、今度はその手をじっと見詰めている。
そして暫くすると眉尻を下げて微苦笑した。
馬鹿な質問をしたと、今更自嘲している様子だった。

「そうだな。何処に嫁に出しても恥ずかしくない。自信はある」

「まぁ、絶対に嫁にはやらないけどな」

「違いない」

二人は声を出して笑った。
漸く、折り合いを付けられる目途が立った気がした。
彼は違う世界へ行ってしまったのだ。
戻るのか戻れるのか、そんな事誰も分からない。
でも、無事であればいい。
彼の周りに誰かが居てくれれば尚いい。
更に彼の良さを分かってくれる存在が一人でも居ればいい。
そして、彼を。最愛の弟を、自分達のように愛してくれればいい。
例え、二度と逢う事が出来なくても、自分達は、東雲家の家族は皆、変わらず千尋を愛し続けているのだから。

「兄貴がいつまでも塞ぎ込んで、小鳥さんを待たせるのを、ちぃは望んでない」

「……あぁ……、そうだな……」

「それに、俺達が笑えば、ちぃもきっと喜ぶ。そういう子なんだ。あの子は」

一真は答えられなかった。
片手で顔を覆い、ただ小さく、「これが最後だから」と言って静かに声を殺しながら涙を流し続けた。
二海も傍らに座り、共に泣いた。



二海はやかんのお湯が沸いた音で現実に引き戻される。
時計を見上げる。結婚式の時間まで、まだ余裕はある。
物思いに耽っていたのは一瞬だったようだった。
スポーツウェアのままで居れば、姉妹達に何を言われるか分からないから、早めに出発した方がいいだろう。
二海はスポーツドリンクを入れたポットを腰のショルダーバッグに入れると、霧の立ち込めた朝の街に駆け出す。
こんな霧が出るくらいだから、きっと気温も上がる事だろう。
少し深酒をしてしまったが、元々代謝がいい二海である。
アスファルトを蹴る感触も悪くない。
そして、哀しみと訣別するにはいい日だと思った。



<了>

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結局、東雲家は9人兄弟(千尋含む)になってしまいました。
お母さんの蝶子さんは武道はしません。蝶子さんの代わりを千尋がやってました。



























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