手術台に乗せられた私の亡骸は、ウケイ先生の手際の良いやり方でみるみるうちに露わになっていく。それまで動いていたものが機能をなくしかけてる今、生々しくもなく、人形ほどに虚ろでもなく、傍らにぼんやりと立つ私にはそれが綺麗に見えた。ウケイ先生がどう思ったのかは知らない。でも、彼はすぐに薄い皮と脂肪に一本の線をなぞったかと思うと、それは静かに口を開く。不思議なものだ。私の肋骨を一つ一つ断っていくノコギリの音。それから膜のようなものをはぎ取り、いくつか鋭いメスを入れるとまだ鮮やかに赤い私の内臓はほどけるように力を失った。
その手はいつか私の顔にものびた。できればよして欲しかったけれど、必要なものがあるようだった。私の瞼が開くとそこにはただ宙を眺める私の瞳がある。そしてそれも先生の手によってメスの刃先がゆっくりと孔をまわると、丸い私の眼球があっけなく外れた。
私の眼球が置かれた銀のプレートの隣には破裂した眼球が無造作に転がっていた。その部屋で先生に処置を受けているのは私だけじゃなかった。私の亡骸の横たわる手術台の隣にはもうひとつ同じものが並んでいたから。
それは私のお兄様だった。私とは違ってまだ命をその肉体に宿し続けてる。でも、呼吸器を当てた顔の形も見る影もないほどに変わってしまっていてひどい有様だ。その欠けた部分、不十分な部分に私の身体が当て込まれていく。
もう光が宿ることはない私の目もいつかお兄様の役に立つのだろう。あの夜、私とマキが研究所を逃れたときのように。
いくつかの心残りもある。色んな人にもっと出会いたかった。もっと色んな人に私を知って欲しかった。私がいるってことをみんなの中心で叫んでみたかった。
気がつくともうあまり周りの様子がよく分からなくなっていた。意識が遠のいて暗くなっていくのとは違う。この手術室に存在する人や水や空気やモノから徐々に光が漏れ溢れ出してきたのだ。まるでそれらを構成する一つ一つの粒子が自分で光りだして止まらなくなったみたいに。びっくりして自分の手を見るとやっぱり同じように白くあたたかい光に包まれている。この世の仕組みが壊れたみたいだ。でもすぐにそれは間違いだと分かる。今私を取り囲む全てが自分の一部のように思えてきたから。そして多分私は泣いていた。すると光たちは私の感情に合わせてそばだって波紋のように広がった。
マキは…マキはどうしているだろうか?とても気になることなのに私が私である最後の抵抗は虚しく、意識はいつの間にかそこにはなくなっていた。
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