僕は薄暗い中に眠っていた。辺りには煙が漂い、窓から差す僅かな光がおぼろげに辺りに拡散してる。ゴツゴツとした石がこすれるような音、高い鈴の音が長い間隔をあけて鳴り響く。異教の寺院、か何かだろうか?どこから微かに響く歌声が僕の耳をくすぐる。それから暖かい感触。小さな僕は母に抱かれているようだった。悲しげな旋律は不安定な半音で長く伸びては、元とは違う所に落ち着きながら繰り返していた。不思議と意識ははっきりしていた。少し似ているがヤエコの歌とも違う。色も音も感触も隅々まで鮮明に五感に伝わってくる。そして僕は今までの出来事はここにいる自分が見ていた夢だと知っている。歌声にあわせてやわらかな手が僕の背中をやさしくなぜる。僕はその歌声の先にある母の顔をのぞこうとした。辺りにただよう煙でぼやけた顔ははっきりしない。どうにかしようともがくが、まともに生えそろってない不器用な手足はあまりに無力だった。思い通りに行かない時に何が答えかはいつも知ってる。ありたっけの声で泣き叫ぶんだ。今だ。すると僕はまた別の世界に目覚めたようだった。夢の延長に伸びた先にあった。そう思った理由はこうだ。僕が聞いたあの歌が今ここでも流れている。同じ歌声で。同じ感触で。
「…ん、う…ん」
どのくらい僕は眠ってしまっていただろう?
「…ん?お早う」
僕の真上からそう呼びかけるのはアノンだ。僕は診察用のベッドの上で彼女に膝枕をされていた。
「…アノンか?」
「…うん。そうだよ」
「…お前、その歌…」
「アキラが…歌ならって…そうしたら、喋れるようになるかもって…だから…」
「いや、そうじゃなくてその歌…一体…」
「これはママの歌…子守唄…ウケイが教えてくれた…」
「アノン、僕はずっと夢を見てた。それは遠い記憶で、でもとてもリアルで今でもすぐとなりに隠れてあるようなそんな現実感があった。そこで僕はその歌を聞いてた。今アノンが歌ってくれたその歌を」
まだ僕はまどろみの中にいる。自分で伝えた言葉なのにまだ宙に浮いたまま辺りを漂ってるみたいに思えた。
「…シルシ…」
アノンはまるで子供をあやすように僕の頭を撫でた。
と、突然ドアを締める大きな音がした。慌てて飛び起きて衝立の向こうを身構えながら覗くと、そこにはびしょ濡れに濡れたアキラが立っていた。
「どうした?」
しかしアキラは息を切らしてその場に立ち尽くしている。こんな寒い夜に玄関口でしたたる水滴が床をにじませる。その足がふるえるのは凍えているだけじゃない。僕はタオルを取ると、急いでアキラに歩み寄る。雨に濡らした髪が頬に張りついたアキラはうつむいたままだ。突然の雨に振られてそのまま戻ってきたらしい。
「駄目、やっぱりいない…家にも帰ってないって」とつぶやいた。
「…そうか」
僕はタオルを頭にかぶせてぐしゃぐしゃに拭いてやる。
「トト…にも何かが起こったんだな…」
「ねえ、もうちょっと困ったら!」
アキラは買い出しの袋をその場に置くと僕からタオルをぶん取って言った。
「落ち着けよ。もう少し遅くなってから行きたい場所があるんだ。付き合ってくれ」
「…いいけど」
アキラはまだ拗ねたようにして濡れた身体を拭いてる。トトの居所は依然知れない。僕はベッドに腰をおろしてため息をつく。アノンを見るとパソコンのモニターを眺めてる。
「アノン、どうした?」
「ねえ、シルシ…これ…」
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