目の前には身体に浮き出た骨の隆起がくっきりと陰影をつけていて、白い肌がより一層月に青白く照らされている。でも、それだけではなかった。まるで寄生虫が食い荒らしているかのように無数の赤茶色い痕が彼女の身体の上を這っていた。傷跡なんかじゃない。縫合した跡だ。私にもいくつか同じものはあるけれどそのひとつひとつが持つ意味が違っているのははっきりしてる。いくつも彼女の胴の周りに走るそれはひどい拷問を受けたようすら見える。その通り彼女にとってそれは拷問に他ならなかったはずだ。
「マキ…こんなになるまでどうして…」
でも、マキは答えない。それ自体が彼女の答えだった。切り刻まれてはふさがれた彼女の身体にはそれでもまだメスの入っていない場所がわずかにある。それは彼女の胸の真ん中、ちょうど心臓の辺り。そして、私が次の手術で開けられる場所だった。そうなったら彼女の命はもう…なんてひどいことを…その時には私に何の迷いもなくなっていた。
「…ねえ、ここから逃げましょう」そう言って私はマキの手を取った。
「…ヤ…エコ?」
マキはかすれるような声で初めて私の名を口にした。
「大丈夫。何の心配もいりません。こんなことは私が許しません。私にこんなことを二度とさせないとっておきの方法があるんです。ここで説明している時間はありません。とにかく今すぐこの研究所をでましょう。見てください、私のこの『瞳』。これはこの研究所のどこだってパスできる魔法の目なんです。心配要りません」
マキはそれでも顔を上げてくれない。彼女は迷っている。でも、彼女の気持ちを汲みとってあげている時間さえ私達にはすでにないんだ。
「今必要なのは一歩を踏み出すこと。それだけでいいの。それだけで世界は今まで違って作りかえられる。見た目が同じだけでまるっきり作りかえられる。ちょっと怖いのは過去の経験がそうさせるだけ。でも、まるで新しい世界でなら経験にも怖がることはないの」
こんなことは私にとっても絵空事。だからこれから現実にする。私は傍らに置いてある大きなトートバッグから黒いコートを取り出してマキの肩にマントのようにかけた。
「ほら、着替えも持ってきたの。今は迷っていてはダメ。ここにいたらあなたは生きられない。もっと歌を教えて。まだまだ覚えてない歌もたくさんある。だから…」
そう言い終わる前に頬に涙が伝うのが分かった。
「あ…」
マキと比べて自分ばっかり弱虫で私は恥ずかしい。
「…ごめんなさい。辛いのはマキの方なのに本当に…」
私が言い終わる前にマキは涙をぬぐってくれた。
「…だめ…」
「ううん、大丈夫…さあ…」
私は笑顔でマキに手を差し出した。
マキはその手を取った。
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