Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

024-住処

2012-10-08 21:40:17 | 伝承軌道上の恋の歌

まだきしむ身体を引きずりながらどうにか僕は退院の日を迎えた。
「…おい、いるか?」
 僕はアパートのドアを開けて薄暗い中の様子を覗いた。奥から物音すると柱の陰から顔が半分だけ恐る恐るこちらを覗いている。アノンだ。
「シルシ!」
 僕の顔を確かめると安心したのか、とことことこちらに小走りに近づいてくる。見ると僕が使っていたトレーナー一枚を上から被っているだけで、そこから細い素足が二本伸びていた。小さなアノンは僕の顔を見上げて、嬉しそうな顔をしてくれる。
「お前、なんていう格好を…」
「…うん。借りてるよ?」
 アノンは大きく首をかしげて僕の顔を覗き込むと、今度はぶかぶかのトレーナーの胸元から覗くものが目に入った。
「その、何だ…生きてたか」
「毎日お見舞い行ってあげてたのに変なこと言うね」そう言ってアノンは笑った。
「…それはそうと、お前には色々と聞きたいことがあるんだ」
 冷蔵庫を開けるとほとんどの空になっていた。彼女の様子からしても単に空腹で倒れただけだったようだ。するとマキーナも僕のすぐ横に顔を並べてまるで珍しいものでも見るように覗いている。
「いや、お前自身が空っぽにしたはずなんだけど…」
「買い物いかないといけないね…」アノンが言った。
「また後で。とにかく久しぶりにシャワーを浴びたいんだ」
 
シャワーを浴びながら僕は思案にふける。素性も分からない女の子を部屋に住まわせるとか一体どうしたものだろうか?聞きたいことはまだ山のようにあるにしても…
「おい、そろそろ出かけるか?」
 僕はタオルで頭を吹きながら、洗面所から居間のアノンを覗く。床に座って間近でテレビを眺めていたアノンは、僕の方を振り返った。でもアノンに反応はない。ただ呆けたように僕を見て、その視線は僕の一点に向かっている。
「シルシ、それ何…?」そう言ってアノンが指さしたのはTシャツから覗いた僕の脇腹にある大きな傷跡だった。
「ああ、これか?…実は僕もよくは知らないんだけど昔の傷さ。あの事故よりずっと前からあったんだ。親が言うにはもっと小さい頃手術したとかでできたらしい」
「へ…へえ…」
 アノンはたじろいだ…ように見えた。
「…どうかしたか?」 
と、その時、僕の部屋に誰かが押したチャイムの音が響いた。そして、取り繕うまもなく次の瞬間にはドアが開いた。
「シルシ君、退院おめでとー!」
 明るい声がした。そして次の瞬間に彼女の目に映ったのは気まずい表情で振り向く僕と、あっけらかんとしたアノンの二人。事情を知らない彼女の想像力を大いに活用させる格好だったことだろう。
「…って、え?」
 一瞬声の主と無言で見つめ合う。
「いや…あの…な…」
「あっ、アキラ」
 アノンは屈託なくその名を呼んだ。
「はは、お邪魔だった?」
 玄関に立ち尽くすアキラの、その両手にぶら下がっている差し入れらしき袋だけが小さく揺れていた。沈黙。
「別にそんなことは…まずは話を…」
 事態の収拾を図ろうとするも虚しく、アキラは矢継ぎ早に言葉を浴びせてきた。
「そりゃ僕達は単なる友達で別に付き合ってる訳でもないし、シルシ君が何しようと自由だし、もちろん咎める気もないよ?そもそも僕にそんな義理なんてないんだから…」
「だからまずは話を聞いてくれ!」
「…その…一応説明してくれるんだね?」
 アキラが靴を脱いで早足で部屋に上がりこんで、僕達の間に割り込んでくる。
「…ああ。初めからそう言ってる」
 そして今、二度目のチャイムが鳴った。
「はは、まさかね」
「まさかでしょ」 
ドアが開く。朝の日の低い日が、逆光になってその人影を照らした。それはさっきのアキラと同じに玄関に突っ立ったままただ黙っている。手に持っていた袋が落ちて、中に入っていたコーヒー牛乳のペットボトルが玄関先に転がった。
「…先輩?」
 トトだ。
「…まずは…話を…」
「あんた達一体何してるんですかあ!」
 人間は二種類ある。衝撃を恐怖に変えるタイプと怒りに変えるタイプだ。トトは間違いなく後者だった。

…つづき

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