『聞こえてますか?このラジオは突然の事故や病気で家族を失った人との交流を通して残された遺族のあり方を考えようという趣旨の元、毎週木曜日は僕、シルシがお送りしています。20○○年、2月11日23時23分、T町2丁目の××交差点で僕と父と妹の三人は、右前方より走行して来た信号無視の車と交錯し事故に遭いました。現在も加害者は見つかっていません。どうか手がかりをください。お願いします』
適当に気に入った音楽のプレイリストを開く。もうほとんど音楽配信だ。アプリケーションの表示を見ると視聴者数は一桁。チャットの呼び出し音に少しだけ気をかけつつ、僕は溜息を吐いて立ち上がると、勢いよく背中から落ちて安物のベッドをきしませた。それから天井の模様の意味を聖書のアナグラムを解読する徒労の信者のように見つめた。
視線を移す。カレンダーには今月の第二金曜日の日付を見た。もうすぐだ。もうすぐでまたあの日がくる。もうあれから三年が過ぎようとしている。短いとか長いとかじゃない。あの日に置き去りにされた僕にとってただ時間がそこにあるだけだ。
三年前に僕は事故で父親と妹をなくした。母も早くになくした僕は身寄りをなくした。妹の名前はヤエコ。彼女が入院していた施設はちょっと変わっていた。そこが父が所長を勤める『研究所』だったから。その日の夜、ヤエコは久々の外泊が許された。それで当直を切り上げた父と、二人を迎えに行った僕とで研究所から自宅に帰ろうとしていた。
ヤエコを後部座席にそして僕を助手席に乗せて車は出発する。そしてあのスクランブル交差点に差し掛かったところで事件があった。車を運転していた父親が急にハンドルを切ったかと思うと、瞬間シャッターの閉まったデパートの正面玄関に突っ込んだ。
そこからの意識はない。けど、その直前に僕は見た。対向車線を越えて黒塗りの高級外車が突っ込んでくるのを。意識を取り戻した僕はそう証言した。警察が探してくれたに違いないが、人の流れの心臓みたいな場所で不思議と目撃者は見つからなかった。
僕は今もその車を探している。そのために『周知活動』と称してビラを配っている。
僕が一人助かったのは偶然だった。それは僕だけ車外に放り出されていたからだ。衝撃で前後の記憶の定かでない僕が知る由もないが、中に残されていればその後にもれ出たガソリンが引火した車の中で焼け死んでいただろう。
半年に及ぶリハビリの後、アキラが趣味で通っている音楽系の専門学校に誘われて通いはじめたのが二年ほど前からのこと。僕がビラを配り始めたのもそのすぐ後だ。
この前の朝の映像が頭にちらつく。そこで出会った女の子、アノン、デウ・エクス・マキーナ…そして明日もビラ配りだ。とはいっても『周知活動』じゃなくてアキラが紹介したバイトの方だ。これはこれで頑張らなきゃな。分かってる。もっと元気よく多少強引に。愛想良く…そうすればみんな見てくれる。そんなことをぼんやり考えてると、どこか遠くの方で線路の遮断機が鳴るのが聞こえて、次にヘリコプターの飛ぶ音がした。目を閉じて耳を澄ましているうちに意識は遠のいていった。
その夜、僕は事故の目撃情報を求めるビラが空から大量に降ってくる夢を見た。不思議なのは空からばら撒いているのは自分じゃなくて、僕は人の群がるさなかにいる。まるでお金でも降ってきたみたいにビラを取ろうと群がる待ちの色々な人々を見て、僕は夢の中で満足げに笑った。
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