この検査はくすぐったくて何度やってもなれない。ひんやりとしたゼリーが私の胸にぬられるときは自分が実験体になってるみたいで少し緊張する。大きな手術前の最後の確認といったところなんだろう。私にとってもちょっと責任重大だ。
「あの、先生?」
「何だい?」白衣姿のウケイ先生がモニターの方をみながら返事をする。
「私がもらえる臓器の持ち主ってどんな人なのでしょうか?」
私は先生の背中に聞いた。
「ははは、なんでまた?」
ウケイ先生は答えに困ったようで少し間を置いてから答えた。
『どんな人だった』こっちの方が表現としては正しいのかもしれない。
「聞かないほうが良かったですか?」
「まだ知らない方がいいだろう」
『まだ』。それは大人の人の使う言葉だ。
「なんか私少しその人に悪い気がします」
「なんでだい?移植には生前の合意がある。感謝はすべきだが、気に病む必要はない」
「いえ、なんとなくですけど…私の他にも待っている人はいるだろうし…その人が私を選んでくれた保証もないし…」
答える代わりに振り返ったウケイ先生の手には判子のお化けみたいな機械があった。重たい感触がして機械が私の胸のあたりに押し当てられる。
「深く息を吸って…」
私は言われたとおりに息を吸い込むと胸のあたりがそるようにして膨らんでいく。
「はい止めて」と言われるがままに息を止めながら、私は昨日の夜のマキの涙の意味を考えた。喜んでくれると思って言ったのに何故彼女は泣いたんだろう?
うれし泣きとは全然違う。彼女は悲しくて泣いたんだ。そしてそれは私の手術と関係している。その時私の胸がかすかな痛みと共に一度だけ大きく鼓動した。まずい。検査中なのに変な反応が出たら大変だ。でもそれとは裏腹に私の気持ちははやるばかりだった。
「はい。吐いて」
私はまるで大きなため息をつくように胸にたまった空気を吐き出した。ウケイ先生がモニターの確認してメモをとっている間、私はしばらく天井を眺めていた。
「…それとな、ヤエコ…夜中に出歩くのはもうお終いにしなさい」
ウケイ先生は背中を向けたままそう私に言った。私は言葉を失った。
「…知ってたんですね」
それならマキのことも?彼女もお目こぼしをもらっていたのかも知れないけど、先生自身から切り出さない限りは私も口外しないほうが良さそうだ。
「私、夜の研究室って不思議な感じがして好きなんです」
「夜はめっきり冷えるようになってきたし、身体に良くない。最後の検査も済んだんだからしばらくは安静だ」
それは困る。そしたらマキにあの涙の訳を聞けなくなってしまう。
「じゃあ、じゃあ今夜が最後…」
「ダメだ。いいね?」
ウケイ先生はそれまでになかったくらいに強い調子で言った。こんな態度は今まで一度だって見たことがない。いつも厳しいお父さんやお兄様と違ってお願いごとは何だって聞いてくれたし、甘やかし過ぎなくらいに甘やかしてくれてばっかりだったのに。はっきりとは分からないけど、何か悪い予感がするんだ。
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