そして明日。木目調の重たいドアを押して店を出てきた僕に「ねえ、何買ったの?」とガードレールに並んで寄りかかっていたトトとアキラが聞いた。アキラは小さな花束。トトは買い物袋を両手に下げてる。
「これ」
僕は片手に乗る小さな箱を見せた。
「何ですか、それ?」トトが聞く。
「オーダーメイドのオルゴール」
二人とも何の曲なのかまでは聞かない。
「…そう、なんだ」
例の一件でアキラの歯切れも悪い。ただ、あのおかげで僕はあのヤエコの歌の意味をもっと大事に考え始めたとはいえる。
「あの曲のおかげで譜面なしで作ってもらえたよ」
僕の言葉に二人は困った風に笑った。
伝承軌道上の恋の歌オルゴール版(A love song in orbit Music box Ver. )
その帰り道のことだった。
「ねえ、あれ、何してるんだろ?」
アキラが何かに気づいたようだった。見ると、あの場所に三人で輪になって立ち止まっていた。やがてその一人が輪の中心にローブのようなコートを着た女性が手から何かをゆっくりとこぼしていく。それは白い砂のようで、一条の流れになって地面に落ちて小さな山を作る。
「…なにあれ?」アキラが思わずアキラのコートの袖を掴んで不安気に聞いた。
「あれも新しいスフィア…なんですかね?」とトト。
「またくだらないことを…」僕は言った。
と、その中心にいた女性が何かをつぶやくと、他のものも両手を結んで祈りはじめる。
「あの人、写真持ってる」
「また先輩たちをおもちゃにして…許せない…私言ってきます」
トトは自分の買い物袋をアキラに預けると、大股で彼らに向かっていった。
「トト、ちょっとまっ…」
「ちょっと何してるの?こんな大勢の人の中で。迷惑なんでやめてもらえない?」
トトが彼らの中に割って入る。でも、彼らに動じた様子はない。
「…静かになさってください」
女の人がトトに告げた。静かに目を閉じたまま。
「あんた達ここで何が起こったか分かってる?人が死んだんだよ?それをまたおもちゃにして馬鹿にしてるんでしょ?あのスフィアみたいに…」
「…トト…」僕は追いついてトトの側に寄り添ってつぶやく。
「私達はここで亡くなった方の魂を慰めているだけです」
「そういうのは家族がやればいいでしょ。それを他人が悪ふざけでやるから気分が悪いって言ってるの!」
「…家族?家族がいるんですか?」
その女性はゆっくりと目を開いてトトを見た。その瞳は灰色で、爬虫類のそれを思い起こさせた。
「そ、そうよ。何か問題でもある?」
「私に見えたのは…そう…このような方です…このご家族はいるんですか?」
そう言って女性がトトに差し出したのは一人の女の子を描いたスケッチだった。
「この方がここで亡くなられたんです」
トトは言われるままにその絵を手にとって見た。横からアキラも覗く。
「これって…」
それは女の子だった。しかし違った。十代前半の女の子には違いないが、その絵は明らかにヤエコとは違う。彼らだってヤエコと言いたいならこんな遠まわしなことはしないだろう。『…そもそもこんなのはペテンだ。誰だろうと関係ない』僕はそう心の中でつぶやいた。しかし裏腹に思わず口から出た言葉はそうは言わなかった。
「シルシ君、これって…」
「…アノン…」僕はそうつぶやいた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます