一方、アカも違う場所でそれを見上げていた。呆然として、これから我が身に祟りが振りかかることを恐れるかのように身体を震わせて。
「…やっぱり、私達じゃ駄目なの?」アカはそうつぶやいた。
「いいから、行くぞ!」
そう彼女の手を強引に引っ張るのは、かつてスフィアのメンバーだった男だった。
「ねえ、あれって…ねえ、本当になったんだよ。マキーナが…ねえ、私達もう…」
スクランブル交差点を横切って二人で向かうのは約束の場所だったはずなのに。
「アカ!あんなのはただの悪ふざけだ。マキーナは俺達のさ!そうだろ?」
アカは何度もスクリーンを振り返ってさっきまでの残像を重ねながら、次第に遠のくそれをいつまでも目で追っていた。
息を切らしてミドリ達が着いたのは神宮橋だった。既に辺りは陰りが差し、街灯に明かりが灯り始めていた。週末、あたかも巡礼のように多くの人が集っていたこの場所も、今は来るイベントのための設営が始まったばかりで閑散としている。向こうの公園の森にホームレスが青いシートを張っているのが見えるだけだ。『大丈夫。何か、何かあるはずさ。落し物なら地面を、願い事なら空を見ればいい。きっと僕達が探すのは思い出だ』ここにマキーナの残したものがあるはずだ。アノンだってそう言っていた。
と、どこからか音楽が聞こえる。初めて聴くはずの旋律なのになぜか惹かれる。見えない五線譜の上に浮かぶ透明な音符をたどると、それはホームレスの一人が吹いていたハーモニカからだった。分かった。マキーナの『伝承軌道上の恋の歌』とどこか似ているんだ。違いがあるとすれば、これはもっとバラード調で優しい感じがした。
「おじさん、その歌は?」
道端の黒ずんだダウンジャケット姿の演奏家にミドリが聞く。
「…ああ、ここを歩いていた女の子が教えてくれてな…どうだ、いい曲だと思わねえ?」
思わずミドリは男の肩を両手で掴んで聞いた。
「おじさん、その女の子の名前聞いた?!」
歌が広まっている。誰が初めに歌ったのか知らないが、人口に膾炙してどこまでも伝わっていく。旋律だけの歌もいつしかコードがついて、色んなアレンジが加わっていった。そしてその旋律には詩があてがわれて、若い女の子を中心に盛んに歌われはじめた。それはあの『ゆらぎ』が起こってからわずか数日の間のことだった。
翻って、研究所の温室地下。今はヨミの眠る部屋。ウケイは一定の規則に習って上下する線を映したモニターを眺めていた。不意に男が入ってくると、ウケイの肩を引っ張って無理に自分の方に向かわせると、彼を責め立てるように異国の言葉で何事かを叫んだ。
「…知りませんよ」
ウケイの口元には笑みがこぼれる。
「ええ、確かに彼女は三年前に死にました。不幸な事故でした」
それは地上波を席巻し全てにわたってまるで万華鏡のようにCGのマキーナが映し出した。スクランブル交差点を歩く人々が映し出されると、一瞬その女の子たちがマキーナの姿に変わった。他愛のない映像加工に過ぎなかったが、観る人に届くイメージは確かだった。電波ジャックを委員会の演出ととらえ賞賛の声を送るものも多くいた。実のところこれは委員会の意思しないものだったが、当時まだそれを疑うものは少なかった。
そして街中にマキーナがあふれた。
と同時に異質なものが混じり始める。街中でマキーナの少女達が口ずさむ歌だった。まるで吟遊詩人のように広まるその歌が紡ぐ物語は、異なる音楽、異なる物語、異なるキャラクターで語られていた。それはアノンが歌いミドリが聴いたあの歌だった。イナギの事故以降、委員会側が意図して流した新キャラクター達が氾濫する『正典』のそれとはかけ離れていた。異端扱いされ、『外典』へと追いやられたはずの物語だった。
更にそれは広まる。街を歩く人のシャツに、プラカードに無造作に貼られたポスターに。決まって書かれた彼らのスローガン『マキーナを取り戻せ』。この声明はいずれも『イナギ』の名の元に行われた。こうして『管理-kanri-』は次第に混乱していった。
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