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野外ステージの近くに停まる黒いセダン。その傍らに立った人影はシルシだ。窓は開いている。運転席に虚ろな表情で座っているのは首に分厚く包帯を巻いたモノだった。彼はシルシに気づくと、
「…聴きに来たんだ」
力なく笑う。くわえたタバコに震える手で火をつけようとするが、うまくいくことはなかった。隣の助手席にはひざ掛けをした女の子が首をかしげて深くうなだれるようにして持たれている。トトは気を失っている、ように見えた。ひどく疲れて深い眠りについているのかも知れない。胸が微かにゆっくりと、しかし確実に波打っていた。
「…どうしてこんなことをした?」
むしろどうして『する』と聞くべきだった。
「俺の意志じゃない。そう見せかけたかった理由があったんだ。そして俺を売り飛ばすつもりだった。正確には俺だったものを、な」
その言葉でシルシは全てを理解した。一週間という期限の意味を。
「アノンの代わりにか…?」
「…シルシ、その口ぶりだとお前も既に知ってるんだな?」
「…ああ。だが、アノンも、それにお前もトトも死なせはしない」
モノの背後にいた何かはちゃんと別のプランを用意していた。僕やアノンの回収に失敗しても彼を生贄にすればヨミの命を長らえることはできる。が、しかし、今のこの状況はそのプランすらも…
「そうだ。俺とトトが駄目なら、やっぱりお前かアノンになるよな…」
アノンの歌はまだ終わっていない。アノンは無事だ。この辺り一体に響く旋律の元でまだ彼女は生きてる。ステージの様子を写す大きな大きな液晶スクリーンの中で歌っているアノンの姿はその時の二人を見下ろしていた。
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