僕とアキラが二人並ぶ前にはステンレスのプレートに刻まれた『ムスビ研究所』のロゴが夕日に赤く染まっていた。ゲートの向こうには高級ホテルにも似た広いエントランスのスペースと、上から見ると正六角形に見えるように作られた研究棟が物々しく構えていた。重い足取りで立つ、その場所の先にある眼の前の現実は決定的に断定的に現実を歪めてたっていた。
「…聞いていいよね?どうしてここに来たのか…」ずっと黙っていたアキラが口を開く。
「ヤエコが生きてるのか確かめるんだ。あの日本当に死んだのか」
「…シルシ君…」
最後の職員だったウケイ先生が失踪して以来、一年半前閉鎖されたきり誰も訪れることもなく、この場所はただ周囲の壁をスプレーの落書きだけを増やしてる。懐かしいというには複雑過ぎる感情を抱きながら、すっかり汚れてしまった高い壁を眺めているとその中に僕は気になるものを見つけた。スプレーで描かれたキャラクターイラストだ。いびつにデフォルメされてるけど、髪型や服の特徴でマキーナの姿だと一目で分かる。スフィアの中にも何かを嗅ぎつけてるやつがいるんだろうか?その発見が次の僕の足取りを確かなものにしてくれた。固く閉ざされた正門から少し離れたところにある通用口にカードスロットを通すと僕達は研究所に足を踏み入れる。
「すごく懐かしい感じがするね。シルシ君一度もここに来たがらなかったから」
狭い廊下を抜けて職員の休憩室になっていた吹き抜けの空間に出る。ちょうど六角形の中心にあって、そこからそれぞれの研究部屋に入れる仕組みだ。
多少ほこりは被っているけど、記憶の時のまま何も変わらずに同じ通りにあった。しかし、ひとつだけ違うところがあった。それは一角からその先に伸びる廊下があった。
「…これって…」
僕はそこに向かって歩いて行った。
「あれ?こんな廊下あったっけ?」アキラが言う。
その先にあったのはドーム状の屋根が覆うテラスだった。周りはガラス張りになっていて、辺りに注ぐ陽の光をただこの空間だけに集めて閉じ込めたみたいに光ってる。真冬なのに温室みたいに暖かい。辺りはポンプが水を循環させる駆動音で騒がしいのが、妙に熱帯雨林の動物のいななきを思い出させた。ポンプは長い長い透明な水槽に通じていて、水の中に様々な植物がその中に根を生やしていた。
「知らなかった、こんな所があったなんて…」
「近い将来、食糧難で餓死者が出るっていうのがウケイ先生の持論の一つでさ。ここはそのために作られた完全自給自足の可能な循環システムなんだって言ってた。僕らの事故の後は立入禁止になったから。アキラは知らなくて当然さ。それ以来僕も入ったことはないよ。非常用の防火シャッターが下りてて中には入れなくなってたから。でも今はなぜか開いてる」
「あれからも誰かが来てるってこと?」
「ああ、間違いない。問題はそれが誰かだよ」
僕は早々にテラスを出ると、真ん中の空間から伸びる螺旋状の階段を早足に上る。二階には蜂の巣のように小さな部屋が六角形の外周と同じ形の廊下にそって重たい鉄のドアを並べている。廊下はさっきまでとは打って変わって暗い。僕は階段を上りきった所で立ち止まり、後ろに駆け寄るアキラを制した。
「ちょっと待ってくれ」
僕は携帯電話で廊下を照らす。絨毯が敷いてあった一階部とは違い、ここの床は白い樹脂のようなものでできていて埃が積もっているのが分かる。
「何?どうしたの?シルシ君?」
「これだ」
僕は膝を折って屈んで、それを指さした。
「…足跡?」
そこには誰かが歩いた跡がくっきりと残っていた。一人。それは迷うことなく確かな足取りで一つの方から伸びている。ここから、ひとつ、ふたつ…六つめの扉に向かって。そしてそこは…かつてのヤエコがいた場所だった。
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