大白法(平成26年2月16日)第879号
「教学ノート」 2ページ 信心
日蓮正宗の信心は、
一切の誤った教えを捨てて、 日蓮大聖人様が顕わされた本門戒壇の大御本尊様を信じる心を言います。
天台大師が法華経の経文を解説された『法華文句』には、「無疑曰信」(法華文句記会本 376ページ)
と説かれています。これは「疑い無きを信と曰う」と読みます。
信心とは、仏様の教えに対する疑いのない清浄な心を言うのです。
また、大聖人様は、信心について、
「仏法の根本は信を以て源とす」 (御書1388ページ)
と仏道修行の根本であり、成仏の源であると仰せです。
このように、
信心とは仏法の基本であり、
清浄な心で御本尊様を信じることによって、私たちは幸せな人生を送ることができるのです。
大聖人様は、この信心の姿勢について、
「法華経を信ずる人あり、或は火のごとく信ずる人もあり。
或は水のごとく信ずる人もあり。聴聞する時はもへたつばかりをもへども、
とをざかりぬればすつる心あり。水のごとくと申すはいつもたいせず信ずる なり」(御書1206ページ)
と、信心を火と水に譬えられています。
火のような信心とは、
教えを聞いたときは、火が燃えるように勤行や唱題に励みますが、
火はいずれ消えてしまうように、やがて止めてしまうような姿勢を言います。
それに対し、
水のような信心とは、水が止まることなく流れ続けるように、 常に勤行・唱題に励む姿勢を言います。
私たちは、どのような時にも惑わされることなく御本尊様への止まることのない信心を心がけることが大切であり、
勤行・唱題や少年部の活動を一生懸命取り組もうという気持ちを持って続けていくことが大切なのです。
また、大聖人様は、私たちの信心と生活の関係について、
「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」(御書1220ページ)
と仰せられています。
みやづかいとは、
仕事のことですが、皆さんに当てはめれば勉強やスポーツなどになるでしょう。
要するに、
仕事や勉強など、生活のすべてが御本尊様のためであるとの確信をもって、信心に励みなさいと説かれているのです。
私たちは、常日頃から信心を中心にした生活を送ることが大切であり、その功徳によって自分自身の命が変わり、
さらに
自らの命が変わることによって周りの環境や状況をよりよい方向に変えていくことができるのです。
「信心」について
御法主日如上人猊下御指南
「普段から朝夕の勤行をはじめ唱題会・少年部会等に参加して、
まじめに取り組んで信心を鍛えている人は、少しぐらいのことには微動だにもしません。
大きな障害や困難にぶつかっても、普段の信心の結果が発揮され、
必ず大御本尊様の大きな功徳をいただき、乗りきっていくことができるのであります」(大白法795号)
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