謎の神社神紋の高橋八幡宮
2019/6/19(水) 晴
曇り天気予報に期待し、30°超えの真夏日にポタリングに出る。
目的地は、鵜葺草葺不合尊(ウガヤフキアエズミコト)の陵と言われる吾平山陵(過去記事をご参照ください)の西側の谷間にある「日向(ひむき)」集落とする。
鵜葺草葺不合尊の子神武天皇が大和に向けて出発した国が日向。それがこの地という伝承があるので探訪することにした。
神武天皇は、日向国(宮崎県)を出発して・・・というのが定説ではあるが、当時のクニは広くても今の郡市町村ほどの地域と思うので、こちらの伝承もそれなりの信憑性がありはしないかと思い訪ねる。
菊鹿町の入り口に当る所にある、境内摂社に金山彦命と埴安姫命を祀る神社で神紋(写真1参照)を観る。
十字剣(モーセ)の神紋である。この紋は、千田聖母八幡宮、高良大社の紋にも似る。
神社名について、(古川清久氏のブログ:参照 http://hiborogi.sblo.jp/article/175541389.html)は「自らの足で探そうとする人だけにその真実が得られるようにしなければ・・・」としている。
鵜葺草葺不合尊、十字剣紋、金山彦命、吾平山稜、日向、松野連系図、アイラトビカズラ、徐福伝説等々にいろいろな伝承のヒントがあるように思う。
高橋八幡宮
2017/11/17(金) 曇/雨
また十日間以上自転車から遠ざかっていたので、降雨確率が高いとは知りつつ4時間を目途にポタリング出かけた。
熊鹿ロードを北へ走る。植木町一ツ木辺りだろうか、家庭菜園の中に鮮やかな赤と黄色の鶏頭の花(写真1参照)が咲いていた。
目的地は、山鹿市鹿本町の米問屋と高橋八幡宮。
お米は1年分を農家から直接買っていたが、農家の主人が病気のため今年は米が作れなかったというので、お米が美味しい菊池川流域の米問屋さんを訪ねた。
試食用のご飯が2種類あって試食させていただいた。味は違うがいずれも美味しかった。
米問屋を後にして高橋八幡宮(写真2参照)に移動する。
神紋を見たいと思って行ったのだが、写真を撮ってるうちに降雨が気になって忘れてしまった。
由来記(写真3参照)では、建久2年(1121年)に宇佐八幡宮から勧請したとある。
平安末期である。
境内摂社として、天満宮(写真4参照)
若宮神社(写真5参照)
高橋金神社(写真6参照)があり、かなり大きな境内である。
興味を魅かれたのは、金神社(写真7参照)
金山彦命と埴安姫命が祭神という(写真8参照)
この境内の本来の祭神は、この2神ではないかと直感的にそう思った。
近くには津袋古墳群もあり、人々の暮らしに必要な金属農工具や刀剣類の製作、土器の製作等に関わる神様が鎮座するのも自然な姿に思える。
境内には、樹齢300年というイチイガシの大木(写真9参照)がある。
熊本県の登録指定木(写真10参照)のようだ。
帰路は、願望も虚しく雨となった。大雨にならなかった分だけ未だましとしよう。
今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)27km→高橋八幡宮27km→熊本(自宅) 所要時間4時間(実3.5時間) 総計54km 走行累計22,484km
自転車で探訪した史跡・文化財等の記録です。一部山行の記録もあります。
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