2022/6/7(火) 晴/曇
今日の最高気温予報は27°、午後から所用があるので午前9出発の午後14時までに帰宅予定のポタリングに出る。
目的地は、合志市荻迫横穴群(跡)と合志義塾跡と黒石地筒鉄砲射場跡とする。
合志義塾跡を後にして、荻迫横穴群(跡)(写真4参照)に移動する。途中、黒松古墳群の標識があったが、道に不案内なため一旦県道37に出て南田島から塩浸川沿いに移動した。
説明板(写真5参照)には、「荻迫横穴群は、合志川の左岸に位置する台地の北側崖面に築かれ、西側の台地上に黒松古墳群があります。
発掘調査では、6基の横穴墓が調査され、墓室の構造はドーム形の天井で床面が平坦なもの(1・2号)と家形の天井でコの字形屍床をもつ(3~6号墓)2種類のものが認められました。また、前庭部の造りは3・5・6号墓と1・2・5号墓では異なるようです。3号墓の前庭部には棚状の施設が見られます。5号墓の玄室では赤色顔料が残っており、全体を塗っていたことが分かりました。
墓室内には、土砂が厚く堆積し、人骨は残っていませんでした。6号墓では唯一、閉塞石を確認しましたが他はすでに開口していました。副葬品としては耳環やガラス玉、土製丸玉、滑石製丸玉それに鉄鏃、轡などの馬具が出土し、前庭部からは墓前祭祀に使用されたとみられる土師器や須恵器の甕、壺、はそう、提瓶、高坏など土器が多量に出土しました。特に5号墓右屍床と3号墓通路部からは遺物が認められました。」とある。
説明板の写真と同じ角度(写真6参照)になるように移動して、元風景が想像し易いように撮ってみる。
振りむけば、北側台地の上に生坪塚山古墳(写真7参照)が見える。
荻迫横穴群(跡)を後にして、黒石地筒鉄砲跡に移動する。が、標石の所在が分からない。駅の周辺を3周ほど廻ったが見つけることができず、黒石市民センターまで移動してお訊ねしてみたが、〇〇さん宅ではないだろうかということで正確には分からなかった。分かったところで標石の写真を撮るだけだから確認せずに帰途に就く。
13時半に帰宅する。今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)25km→荻迫横穴群23km →熊本(自宅)
所要時間4.5時間(実4時間) 総計48km 走行累計48,993km
自転車で探訪した史跡・文化財等の記録です。一部山行の記録もあります。
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