山根敦・死の真実を求めて。

敦は1996/2中旬、人の命を軽んじてきたパロマと産業寄りの行政と、無知な修理工によってCO中毒になり殺されました。

2025年 元旦

2025-01-03 13:18:28 | 
あけましておめでとうございます。

年賀のご挨拶は久しぶりです。
母の他界に始まり5年ぶりです。
思いも寄らない息子たちの父親の急逝から2年経ちました。
三男は昨年の暮れに三回忌の法要を自宅で執り行いました。

三男は父親と長い年月を過ごし、喪主のお役目もきっちり果たしました。
家族葬でしたが彼の伯父や家族の前で、父親のこと父から学んだこと、これからの生き方を淡々と話しました。
それを聴いていたであろう父親は、きっと安堵したことでしょう。

私も2年経ってやっとお話しをする気持ちになれました。

私達家族は次男はドイツ、三男は東広島で単身赴任中(毎週末には家族のもとに帰っていますが)、私は広島。
それぞれ離れてはいますが、5人家族だったころと変わりない気持ちでいます。

今回の墓参りは三男一家にお願いしました。
頼もしくなった末っ子に乾杯!

玄霧院慈音日厚信士


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年9月22日 秋のお彼岸

2024-10-02 14:06:48 | 
今夏は強烈な暑さでした。
お彼岸のこの日も暑かったのですが、時折吹く風は秋の風でした。
雨の予報でしたが、またしても晴れ。
お盆もお彼岸も真理ちゃんのお母さまと入れ違いでした。

折りに触れ参ってくださいます。
先日は福岡の幼馴染みの大ちゃんも参ってくださり、前回のウイスキーとは違いジンをお供えしてくださっていました。
敦も私も嬉しくてうれしくて感謝の気持ちでいっぱいです。

このブログもお終いにしようかと思いましたが、2006年からの敦と私の記録です。
それと、遠くに住む敦のご友人から「お墓参りに中々行けないので、ここでお墓参りをさせてください。」という言葉をいただきました。
敦の三十三回忌は2028年です。

私の生きる目標の一つは敦の三十三回忌を執り行うことです。
せめてそれまでは、このブログも続けようと決心しました。
「敦のことを忘れないでください」と言った葬儀から28年経ちました。
今もその気持ちに変わりはありません。

ブログを訪ねてくださる皆さまに感謝しています。
これからもよろしくお願いいたします。


玄霧院慈音日厚信士









雲はまだ夏でした。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年8月13日 29回目のお盆

2024-08-15 14:30:55 | 
思い当たる暑さの表現の最たるもの、酷暑?炎暑?激暑?
外にいると息苦しささえ感じる暑さです。
そんな中、三男一家とお墓参りに行きました。
5人で草抜きをすると速い速い。

孫娘が花筒を綺麗に洗ってくれます。
いろいろ話をしながら草を抜き、あっという間に綺麗になりました。
敦も父親も私たちの話を聞いていたでしょう。
あとはいつものようにお経を唱えます。

墓地は多くの参拝者でいっぱいでした。
それぞれの想いで墓石を磨き、手を合わせるお盆。
亡き人を思う瞬間は日常的にもあるでしょうが、お盆の風情は切なかったりしながらも亡き人をより身近に感じたり....

ですが、こんなに淡々と言えるようになるまで幾年月も要しました。
お盆近くになると、お盆用品が並び始める。
それを目の当たりにすると息が苦しくなる。
色々な想いを堪らえて盆飾りをする。

今は父親と一緒の敦。
三男が「父親が亡くなって悲しくて悲しくていっぱい泣いたけど、お兄ちゃんはずーっと長い間一人ぼっちだった。
それを思うとあんまり泣いたらお兄ちゃんに申し訳ないね」

そんな三男にとって、父親を見送って二回目のお盆です。

玄霧院慈音日厚信士




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年7月21日 

2024-07-23 10:18:07 | 
誕生日以来なかなか来られず。
やっと来られたのに、猛暑酷暑。
着いたのが2:00am、霊園の草は伸び放題です。
もちろんお墓の草も伸びています。

5分居るだけで汗が吹き出してきます。
急いでお供えの湯呑みを洗い、新鮮な水を溢れるほど注ぎ。
墓石にくっついている枯れた花をこそぎ落とし。
新しい花を供えます。

いつもは嬉しい太陽ですが、この日ばかりは肌を刺す太陽に思えました。
草抜きは断念して、お経を唱えます。
草の伸びたお墓、ごめんねと謝りながらお墓を後にしました。
2018年2月8日の大雪の日の墓参りより堪えました。

玄霧院慈音日厚信士



この日は敦の父親の月命日。
草取りできなくてすみません。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年4月19日

2024-04-19 20:46:31 | 
今日は敦の50回目の誕生日。
「敦の50歳」私は想像することしかできません。
いつもいつ心の中で会っているのは21歳10ヶ月の敦です。

浄土にて 五十路迎えし愛し子よ
     お洒落してるか 白髪はあるか

今朝、朝焼けを見て敦を想っていたら、心友からLINEが届きました。



2024年4月19日5:55am




余りにもタイムリーな短歌をいただきました。
涙しながら朝焼けを見ていた私を、まるで見ているかのように詠んでくださっています。
ポッキーは敦と私の思い出なのです。
毎年こうやって敦の誕生日を祝ってくださっています。
喜んでいる敦の顔が目に浮かびます。

山根敦 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春のお彼岸

2024-03-20 12:00:23 | Weblog
今年は、1996年とまったく同じカレンダー
次は、また28年後。


28年前をなぞるような毎日。
明日は敦の葬儀の日。

玄霧院慈音日厚信士


私がお墓参りに行けなかったので、Rのお嫁ちゃんと孫娘のMちゃんが参ってくれました。
みぞれが降る中、草抜きをしてお花を手向けて。
ありがとう!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年2月14日

2024-02-18 20:28:35 | 
この日は春のような陽気でした。

1996年2月14日バレンタインデー
敦は幼馴染みのタケシくんに電話をして「飲みに行かない?」と誘ったそうです。
タケシくんはその日アルバイトで忙しくて、敦の誘いに乗れなかったと。
しかし、その時はすでに敦は亡くなっていました。
タケシくんの勘違いではありません。

そして、3月4日にもお世話になっていたNさんも銀行に行く途中で敦を見かけて話しをされたそうです。
もちろん3月4日には敦は亡くなっていました。
彼も勘違いではありません。

不思議なことがありますね。

ですが、敦が亡くなって28年の間に、私自身も不思議ことを幾度も経験しています。
敦の魂の存在を確信しています。
そう思いたいのではなく、根拠のある確信なのです。
敦の父親である山根さんの場合は、もっと早く同じことを感じました。

玄霧院慈音日厚信士






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年1月1日

2024-01-01 13:38:00 | 
31日は大雨で雷まで鳴っていたそうです。
元旦は雲の間から晴れ間も出たそう。
三男一家がお参りしました。
やはり敦ミラクル。

今年も目一杯敦ミラクルを発揮してね!
パパも同じく!


玄霧院慈音日厚信士




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

12月17日 雪の降る一周忌

2023-12-21 10:35:57 | 
2022年12月21日12:51pm 息子たちの父親は敦のもとに旅立ちました。
今日も雪です。


敦和院大真日健信士


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2023年9月23日 秋のお彼岸

2023-09-30 09:27:35 | 
あっちゃん
パパが「敦の友達を集めて、又話したい」って言ってたこと知ってる?
でもコロナ禍で叶えられなかった。
あちこち行ってお話ししてるかなぁ。
そんな話聞いてない?

今日はR一家が先に来てきれいに掃除してくれたね。
お参りした後、一緒に食事に行ってたくさん話したよ。
聞いてた?
いつもの「ありがとう」のサイン、キャッチしたよ!

こちらこそありがとう


玄霧院慈音日厚信士







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする