FBグループ、ヤマト創立理由
以下創立者坂口さんの投稿です
「科学が発展する今の時代、海近くに住む実家が、管理するにはとても不便な、365mのゴォーロの山の頂上付近に畑を持ち、巨木を育て、その巨木に抱き抱えられるように小屋を建て、小屋の屋根からの雨水を利用した大きな貯水槽と、地形を利用した貯水槽を造っていましたのは、頭の可笑しなもののする事でしょう。
FBを始めて5年、跡取りの私が畑を放置して参りましたのは、私自身、何も訴える事もなく我が身を助けるのは、ほんとうに気が引けまして、皆さま方には、常識では信じられない、13000年前の、大津波の昔話から始めたわけです。
思ってもみない、多くの方々にご関心を持っていただき、日本(ヤマト)の前身の大和(やまと)を立ち上げる事が出来ました。
その大和(やまと)を諦めましたーヶ月前の今日、なぜ諦めたのかは、時間が間に合わない事を知ったからです。
ところが、翌日早朝、日本(ヤマト)を立ち上げるようにと、雷に撃たれたような声を聞く事となります。
鼓膜が震えたためか、耳からは、水が、鼻水のように垂れていました。
これは諦める事も許されないのだと、創立メンバーの皆さま方に、ご助力を求めさせていただいたわけです。
これまで、私の名さえもお知りになられないお方もおいでの中、常識で考えますと、坂口を助けるなど、お出来になるはずがありません。
ただ、ここに集いてくださった皆さま方と私とのご縁は、13000年前の津波という事でした。
写真は、FBを始めた時、常日頃は、写真など撮らないのですが、無性に撮りたくなり、写真に納めました、拝ヶ石巨石群の亀石に巻いた鶴です。
亀石は、実家の屋号でもありますが、神の申シ示シと、私の申シ伝えが亀(水瓶)と重なるモシモシ亀ヨになります時に、亀石には、津留(鶴)が現れると口伝されて参りました。
津留は、真釣留木(祭儀)であり、真剣(まつるぎ)の伝えです。
なぜ津留なのかは、津波を留める、最後の希望だからです。
坂口自身、この一月間、時を惜しんで訴えて参りましたが、この奇跡のチャンスに、僅かな方々のご努力にも限界があります。
重ね重ね、この最後の戦いに、ご参加いただきますように、お願い申しあげます。」以上
意味の解らない話だとお思いになられるかもしれません。
ですが、毎日の投稿に坂口さんの真剣さが見えます。
見えない何かを信じる心は日本中に存在する神社を見れば遥か昔から当たり前と私達日本人は感じて来たはずです。
歴史は真実を教えてくれます。
自由と欲望の溢れた世の中で
私達は何を学んだのでしょうか?
便利になった世の中で、変わりに何を失ったのか。
そして、便利になって失った今だからこそ本当に大切なものは何なのか。
見えない心を感じる事ができるなら、必ず答えが解るはずです。
頭で考えず、心で感じてほしいです。
共に前に進みませんか?
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