台湾食材 BETHESDA KASHIWA

美味しい台湾食材をはじめ何だかんだ日々のこと書き綴ります。
クリスチャンファミリー

マムシの巣作り

2024-11-29 14:35:13 | 祈り
 マムシの巣作り 2024年11月29日の朝に目覚めて 昨日見た一つの夢が記憶に残っていた それはこんな夢であった・・・ 緑に染まった背景の中の1本の木の下に 巣から零れ落ちたと見られる一羽の 雛鳥(ひなどり)を見つける夢だった 私が それをそっと手に取り 手の中で 優しく体をなぜては温めるようにすると!! 鳴くことも出来ないものの 体をモゾモゾと 生きようと体を動かすのである 生命の力を感じるのである 私は その雛鳥の腹に張り付いた 卵の殻を 剥がしては また手の中で温め直すと 雛鳥は 小さな翼を羽ばたこうとしている そんな元気になった雛鳥を親元に戻そうと そっと手を上げて巣箱の方へと雛鳥を近づけた すると突然に その巣箱から マムシ(蛇)が飛び出して来て雛鳥の首元に飛び 掛かったのである 雛鳥は其の勢いで また地に落ちつけられて マムシ(蛇)は その勢いに自ら驚いて(恐れ)て 緑の背景の中へと消えて行ったのである 残された雛鳥を見て 私はノドを噛み切られて死んだものだと思って 一旦は あきらめて目を逸らすのだが 目線を恐々向けると 雛鳥はヨタヨタと歩いて いるのである そしてまた手の中で優しく愛撫(あいぶ)してやると なぜか傷も無く また柔らかい羽根を動かすので あった・・・ 夢はココで目覚めたのだが なぜか思いに 「神様はこのようにして人を愛される」のだなぁと 言う思いと なぜか? 13主なる神は女に向かって言われた。 「何ということをしたのか。」 女は答えた。 「蛇がだましたので、食べてしまいました。」 創世記3章13節が 目覚めの朝に残ったのである 私たちは常に神様に見守られ 私をご自身のひとみを守るように守り、 御翼の陰にかくまってください。 (詩篇17篇8節) その御翼の陰に置かれていることを忘れては ならないのです エーメン
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(韓国)オリュン教会日本語礼拝 2024/010/20「静かな所へ」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
https://www.podbbang.com/channels/1790267/episodes/25031183


2024/010/27(韓国)オリュン教会日本語礼拝「他の福音」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
https://www.podbbang.com/channels/1790267/episodes/25031184
 
 
 
 
 
 


(韓国) 2024/011/10オリュン教会日本語礼拝「走り抜く事」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
https:// www.podbbang.com/channels/1790267/episodes/25031185
 


(韓国)オリュン教会日本語礼拝 2024/010/6「倒れそうなときに」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
https://www.podbbang.com/channels/1790267/episodes/25012844
 
 
 
 
 
 
【賛美】主の計画の中で
Seekers (Within Your Plan
주님의 계획속에서
https://www.youtube.com/watch?v=NjUEbhpxJYE&feature=youtu.be

【賛美】いつもいつまでも
Seekers (Always andForever
항상영원히까지
https://www.youtube.com/watch?v=MsfDBkdK3XQ&feature=youtu.be
 
 
 
 
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JCM_2024/11/28第172話_勇士の宣教_マリヤの賛歌(藤田桂子師)

2024-11-29 06:44:56 | 祈り
勇士の宣教172・マリヤの賛歌
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JCM_2024/11/23第171話_勇士の宣教_ザカリヤの賛歌(藤田桂子師)

2024-11-29 06:37:16 | 祈り
勇士の宣教171・ザカリヤの賛歌
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2024年11月27日_栗ヶ沢バプテスト教会水曜祈祷会{使徒の働き8章26-40節}木村一充牧師(ボイスプログ)

2024-11-28 14:03:23 | 祈り

2024年11月27日 
栗ヶ沢バプテスト教会水曜祈祷会
メッセンジャー 木村一充牧師
使徒の働き8章26-40節 
20240612b1
写真をクイックして頂くと音声プログに繋がります。
http://lection.cocolog-nifty.com/blog/2024/11/post-239e20.html
 
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韓国の信仰の友より2024年11月15.19.20.21日いつも有難う御座います。

2024-11-28 10:17:44 | 祈り
 韓国の信仰の友より2024年11月15.19.20.21日 韓国 の信仰の友より 2024年11月15.19.20.21日 いつも有難う御座います。 2024年11月15日 ヨブ記31章で印象的なのは、ヨブが「もし私が~」という形で17回も繰り返し、自らの潔白を訴える場面です。これは古代ヘブライの法的形式に従った「潔白の誓い」であり、12の項目にわたって自らの無実を主張しています。特に注目すべきは35節の「ここに署名する。全能者よ、答えてください」という、神への切実な訴えです。ここでの「署名」(タブ)という言葉は、聖書全体でわずか3回しか使用されない稀少な表現です。同じ言葉は、エゼキエル書(9:4,6)で、正しく生きた人々の額に御使いが付ける「しるし」としても登場します。このヨブの「署名」は、彼の歩みが神との深い交わりの中にあった証しではないでしょうか。確かに、完全な義を主張することは傲慢に映るかもしれません。しかし、これは神に守られ、導かれてきた確信があってこその告白であり、神との親密な関係に基づく、誠実な応答だったのです。私たちキリスト者は心に「タブ」があるのです。神様は私たちに証印を押して、保証として私たちの心に「霊」を与えてくだいました(IIコリ1:22)。だから、何でも祈れるのです。なんで?私はこんな目に遭わなければなりませんかと叫びなさい!主はまた答えてくださいます。私たちには聖霊の「タブ」があります。 2024年11月19日 「人々の問いかけに一々答えないからといって、どうして人が神様と論争できるというのでしょうか。実際、神様は一度語り、二度語られるのに、その御言葉に関心を持たないのは、むしろ人間の方ではないでしょうか。」(ヨブ記 33:13-14[意訳])これまで神様が沈黙を保たれていると言ってきました。しかし、エリフの指摘によれば、問題は神様の沈黙ではなく、神が何度も語られたことを人間が無視したことであるというのです。それでも、そのような過酷な苦難を通しても、神様は「回復」(25節)を計画しておられると、エリフは言うのです。このエリフの勧めは、信仰的にも教理的にも、心に慰めをもたらす正しい言葉かもしれません。しかし、突然の苦痛と破滅に埋もれた当事者であるヨブの呻きの声に、本当に心の耳を傾け、じっくりと耳を傾けた人からの勧めなのだろうか、という思いを巡らすのです。 2024年11月20日 エリフはヨブを叱りながらこう言います。「あなたは正義なる神を罪人のように扱っている。王は無用であると言うとは何とあきれたことか」(ヨブ記34:17-18[意訳])。ヨブ記を通して、ヨブは絶えず「神は常に正義なお方なのか」「これは全く反論の余地のない真理なのか」という根本的な問いを投げかけます。しかし注目すべきは、このような疑問を抱きながらも、ヨブは決して神から離れなかったということです。彼のこのような問題提起は、むしろ深い信仰に根ざしたもので、人生の真実と現実の中から叫び声を上げる、神への切なる願いを込めた嘆きであったのでしょう。しかし、ヨブの四人の友人たちの目には、このようなヨブの態度が言語道断な、まさに冒涜的な問題提起として映りました。彼らは興奮した心で正統神学を振りかざし、神の正義を弁護しようとしたのです。ヨブ記34章のエリフの弁論からの黙想は私たち人間が作り出した神学の大きさで、神の偉大さを測ろうとしてはいけないということではないでしょうか。 2024年11月21日 「人が罪を犯したところで、神様にどんな影響があるでしょうか。悪行が満ちあふれたところで、神様にとってどんな関係があるでしょうか。あなたが正しい行いをしたところで、神様に何を差し上げることができ、神様があなたの手から何を受け取られるというのでしょうか。あなたの悪行はあなたのような人々に常にあるものであり、あなたの正しい行いもまた他の人々にもあるものに過ぎないのです」(ヨブ記35:6-8[意訳])。エリフは、有限な人間の行為が無限なる神様にどんな影響を与えることができるのかと問い返します。もし人間の罪のために神様が罰を下されるのなら、それはむしろ神様が被造物である人間に左右されるという矛盾ではないかということです。しかし、聖書が示す神様の姿は異なります。主は囚われ人の小さなうめき声さえも聞き届けられ(詩篇102:20)、私たちの髪の毛の数まで細かく数えておられる(マタイ10:30)、慈しみ深く繊細なお方です。無限に偉大な神様でありながら、私たちの小さな日常まで大切にされる主なる神様であられるから今日も祈れるのです。  感謝
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(韓国)オリュン教会日本語礼拝 2024/010/20「静かな所へ」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
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(韓国) 2024/011/10オリュン教会日本語礼拝「走り抜く事」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
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(韓国)オリュン教会日本語礼拝 2024/010/6「倒れそうなときに」能瀬熙至伝道師(音声プログ(日本語/韓国語)
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【賛美】主の計画の中で
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주님의 계획속에서
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【賛美】いつもいつまでも
Seekers (Always andForever
항상영원히까지
https://www.youtube.com/watch?v=MsfDBkdK3XQ&feature=youtu.be
 
 
 
 
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