不安と希望のいり混ざった心境の蟷螂が、友人のタクシーをお願いして浜田山へ向かったのは親父の祥月命日が近い2月の終わりのことでした。方南通りを西下し、さらに井の頭通りを西進すると左手に大きなビルが見えました。ニューハート専用の救急車が1台停まっています。院内は清潔感があり、患者さんもあまりあくせくしていません。
少し早くついたので、入室するお部屋の清掃がすんでいませんでした。しばらく事務の方とお話しし、やがてお部屋に通されました。和室のお部屋は広く、なんと次の間つきで、ベッドはセミダブル、シャワーとトイレも別々に設置され、ミニ応接セットやキッチンもついています。地方から来る患者さんだったら、付き添いの家族が寝泊まりできるレベルです。もちろんダ・ヴィンチの費用のなかに含まれているこの個室は特別室で、通常は5万円/日でした。部屋に通されると直ぐに昼食です。入院初日の最初の食事は牛肉の網焼きでした。午後からの心臓カテーテル検査を控えているにもかかわらず、昼からの肉。面食らいました。そして初物の心臓カテーテルです。1階の、やや雑然とした処置室は、先生や看護師さんが慌ただしく、待合室の静寂さとは対照的でした。ややあって蟷螂の名前と生年月日の確認です。そして処置室へ入るとなんだか物々しい雰囲気があり、蟷螂は処置台のベッドに体を横たえました。蟷螂の周りを若い医師や看護師が取り囲みます。そして蟷螂の体はベッドにベルトで完全に固定されます。カテーテルは左手の動脈から入れるとのことでした。最初にまず部分麻酔です。全然痛くもかゆくもありません。ネットで騒がれているほどの苦痛ではないので、心に余裕ができ始めた時、「続いて麻酔が入ります。少し腕が冷たくなります」と医師が蟷螂に声をかけました。すると左手が一瞬にして冷たくなり、ビリビリしびれます。驚いた蟷螂は声を出しました。
「ちょ、ちょっとすごいことになっているんですけど」
「動くと危険なので、動かないでくださいね」
看護師がやさしく声をかけます。もう、本当にその時の蟷螂は俎板の上の鰯状態でした。やがてカテーテルと思しきものが二の腕でもぞもぞうごめきます。
「入りましたか?」
何回も蟷螂が確認しますが、返事はなかなかかえってきません。俎板の上の鰯は最後のあがきを口で試みるのです。医師は無言で作業を続けます。突然蟷螂の上にUFOのような撮影器が飛んできました。これからX線が発射されるのです。なにやら左胸がもぞもぞし始め、造影剤が流れ込む不快感があります。不快感は10分程度だったでしょうか、3、40分続いた検査はようやく終わりました。部屋に戻るとぐったりです。経食道エコーと心臓カテーテル検査は、これから心臓の手術をしようとしている方たちは、気合が必要でしょう。そして造影剤の影響でしょうか、尿のオレンジ色は翌日まで続きました。
当日の夕食です。味が良く、病院食とは思えませんでした。