黒糖モドキの小説倉庫

ヘタレ文芸部員もとい黒糖風味の小説庫です。
なお、理不尽な鬱表現・スプラッター・クトゥルフ神話等の要素を含みます

ボクよりボクらしいキミへ・第2話

2011-11-16 23:22:41 | ボクよりボクらしいキミへ



 翌朝、荷物を纏めてルイの部屋に向かうと既に準備を終えたルイが剣を手に待っていた。

「カイム……覚悟は出来たな?」

 穏やかだが何処か鋭い声で問うルイに力強く頷いて答える。
 ルイはそんな僕をしばらく見ていたが、ゆっくりと握り締めていた剣の柄を僕に差し出した。

「……お前の“元”世話係からの餞別だ。無事に帰って来い」

 そっと差し出された剣を受け取り、その鞘を見つめた。
 銀色に輝く真新しい剣は握り締めると昔から使い込んでいる剣の様にしっくりと腕に馴染んだ。

「ホラ、さっさと行くぞ」

 ルイはいつもより荒っぽく僕の背中を叩くと乱暴にリュックを背負い、部屋を出て行った。
 怒っているかのような挙動にしばらく戸惑っていたが、やがてそれらが彼女なりの感情表現だとようやく気づく。それならば元世話係からの餞別、と言う発言も頷けた。
 ややこしい拗れた感情でも何でもない、ただ単に、上手い表現の仕方が分からなかった。たったそれだけだった。
 不意に口元が緩むのを感じ、備え付けの鏡を見ると、その中に佇む癖のある黒髪に青い瞳の青年は穏やかな笑顔を浮かべていた。

 数秒の後に剣をベルトに手挟んで荷物を背負うと彼女の後を追った。





 やや顔を赤らめたルイに遅いと怒鳴られたが、流石に今この場で怒れないのと照れ隠しが混じっているからかすぐに彼女の意識は他にそれた。
 ルイの隣に所在なさ気に立っている青年を見る。癖の無い赤髪に青い瞳が印象的で、身長はやや高めで体格は僕と似たようなものだ。どちらかと言えば大人しそうな顔立ちをしている。
 ふと青年は僕の視線に気が付いたのか、静かに笑って言った。

「初めまして、かな。俺の名前はラウレル」
「あ、こちらこそ初めまして……カイムといいます」

 意外と気の強そうな口調の青年、ラウレルに慌てて頭を下げるとルイはおかしそうに少し笑い声を漏らした。

「それじゃあまずはノイエストに向かう予定……で、あってるよな?」
「ああ」

 ようやく落ち着いた頃合いにルイがそう切り出すとラウレルは特に迷う様子も無く即答した。
 余り地理には詳しくない、むしろ苦手なのだが確かノイエストはかなり規模の大きな港町だったはずだ。

「……海を渡るの?」
「いや、情報屋のところに行く。イザベルって言う売買人と話はつけてある」

 全く知らない土地に行くのかと不安を隠しきれずにそう言うと、ルイは不思議な名前を言った。
 イザベル。余り語彙は詳しく知らないが、確か聖書に出て来る男をたぶらかす女……とか。あまり良くない意味だった気がする。
 まさか、とは思いつつ振り切れない疑念が付き纏う。
「アッハッハ……まさかとは思うが誤解してらっしゃらないか?」

 え、とルイの言葉にその場に固まる。

「偽名だよギ・メ・イ。情報屋は恨みを買いやすいからそうやって正体を隠すんだ。ま、変わり者らしいしワザとそんな名前使ってるんじゃないか?」

 成る程、確かにルイの言うことは一理ある。しかしルイの言う通りいくら変わり者とはいえ目立つ名前を使うのはいかなるものか。
 まあ、それは本人にしか知りえない何かがあるのだろう。おそらく。





「……と、言うわけで、記憶喪失なんだ。コイツ」
「へぇ……」

 ガタンゴトンと大きな音をたてて揺れる乗り物の中で、ルイはラウレルにそんなことを話していた。
 機関車、と言うらしいこの乗り物はラウレル曰く石炭を燃料に線路の上を走るとかなんとか。今までに一応飛行船にも乗ったが、それとはまた別の感覚だ。
 揺れるとは言え飛行船ほど上下動が無いので酔うことも無いだろう。

 小さな小部屋のような座席を三人で占領し、過去の経験からか僕を窓際に押し込んでルイとラウレルは向かい合ってそんな話をしていた。

「……最近、多いらしいな。記憶喪失」
「まぁな……」

 小さな、本当に小さなラウレルの呟きがチクリと心に刺さった。
 顔も名前も知らない赤の他人と自分を繋ぐ、奇妙な共通点。それが今までずっと心に引っ掛かっていた。偶然かもしれない。はたまた、何処かの誰かの陰謀かもしれない。
 なんにせよ今記憶が無い事は変わり無い事実だ。

「記憶、戻ったら、何したい?」

 不意にラウレルは穏やかな笑みを浮かべてそう言った。

「……家族に、会ってみたい、かな。故郷とか、少し憧れるんだ」

 しばらく悩んだ後にそう答えるとルイは複雑そうな表情で唇を噛んで視線を逸らした。
 ……分かっている。家族とか、故郷とか、極アタリマエだって。今の自分の望みは極普通に生きてきた人々には全く分からない望みだって。
 ルイやラウレルや、普通のヒトにはアタリマエにあるのに僕には無いもの。
 普通のヒトは望まなくても手に入るのに、僕には手に入らないもの。
 それは何より僕がアタリマエじゃないという事実に他ならない。それが悲しくて、何処か虚しかった。
 そんな心境を知ってか知らずかラウレルは穏やかに笑ったまま、言った。

「記憶……戻るといいな」

 その言葉に、何も返せない。
 ……何故だろう。何故か思い出してはいけない気がする。
 早く記憶を取り戻したい。どうして? ……よく、分からない。

「……お、見えてきたぞ」

 複雑そうな表情で頬杖をついていたルイが身を起こし、窓の外を指差して言った。
 ラウレルと二人で窓の外を見ると、その先には赤レンガの壁に囲まれた街があった。やや城塞じみてはいるが、余り閉鎖的な雰囲気を感じないのはやはり港町だからなのだろう。ガタンゴトンとやかましい音の中に一つ、汽笛が鳴り響いた。





 駅、と言うらしいそこそこに大きな建物を出ると、其処には美しい町並みが広がっていた。格調高い赤レンガの建物が規則正しく並び、舗装された道を大勢の人が行き交う様子はまるで大規模な都市国家の城下街のようだ。
 物珍しげにキョロキョロと辺りを見回すカイムを余所に、ルイとラウレルは待ち合わせ人を探して辺りを見渡していた。

「スミマセン、連絡をくださったルイさんですよね」

 しばらく時間が経った後、不意に不思議なヒトがルイに声をかけてきた。
 クセのないサラサラのショートの茶髪に灰色の瞳の妙に中性的な顔立ちの青年(?)だった。年齢は十六、七前後で身長はやや底の高い靴を加味してもかなり高い部類に入り、体つきは細い。だがただ細いだけでなくその長身がその細さを鋭さへと変えている。
 ざっと特徴を羅列すればおおよそこんなものだが、あえて挙げるならばあともう一つある。
 全く性別が分からないのだ。
 中性的な顔、中性的な声、中性的な髪型、高めの身長に華奢な体、丁寧ながらも荒い口調。服装は今時なかなか見かけない立て襟の黒いロングコートの下に古風な黒のズボンにカッターシャツだ。
 誰にでもある性別を判断できるハッキリとした特徴が彼女(彼?)には無い。女性が見れば男性に、男性が見たら女性に見えてしまいそうな程に、人としての輪郭が掴めない。そんな不思議で、余りにも不自然な人だった。

「初めまして、僕はこの街で情報屋を営んでいるイザベルです」

 はにかむような物静かな笑みと共にルイに差し出された彼(彼女?)の右手はピアニストの様に華奢だが、明らかな剣技や荒事の痕跡が残っている。
 更には一人称までも中性的で、ますます彼女(彼?)の性別を曖昧にしてしまう。

「あ……初めまして、ルイ……ルイ=アリナウスです」

 どうやら連絡を取ったり噂を耳にすることはあっても会うのは初めてだったようで、ルイも困惑の色を隠し切れていない。

「みんな僕に会うとそんな顔をしますよ。慣れてるんでお気になさらず」

 怖ず怖ずと差し出された手を握り握手をするルイの心境を汲んだのか、イザベルは少し悪戯っぽく笑った。
 ……正直、イザベルと言う名前から女性を想像していたのだがまさかこんな人物が現れるだなんて予想だにしなかった。
 しかし性別が分からないと言う点をどう差し引きしようが、誰が見ても間違いなく彼(彼女?)は美形だった。色白の肌に切れ長の瞳、やや厚みは薄めながらも健康的な色合いの唇は、十人とすれ違って半数以上は振り返る程に涼やかな美貌だった。
 ……あえて付け加えるなら残り半数はまったく別の意味で振り返るだろうが。

「ああ、性別に関してはお任せします。僕は黙秘の方向で」

 そう言ってイザベルはウインクをした。男がやってもキザなだけだが、女にも見える彼女(彼?)のその動作は小悪魔のような不思議な印象を与える。
 そんなイザベルに対し、ルイ以上に困惑を隠せずやや引き気味のラウレルと目が合い、二人で複雑な表情を浮かべた。
 何となくラウレルの考えている事が分かる気がした。何も分からないのだ。
 彼(彼女?)の外見以外のステータスが、恐ろしいまでに分からない。性別はもちろん本名も何もかも、年齢ですら憶測でしかなくあやふやだ。しかし人としてあるべきものが無いと言う事は、それだけで十二分に立派なステータスでもある。
 匿名であり誰でもない事を大前提にした、ステータス。それが“イザベル”を構築する唯一のステータスのようにすら思えた。

「まぁ立ち話もアレなんで。案内します」

 そんな思考が渦巻くカイムの心境を知ってか知らずか、イザベルはそう言うとゆっくりと先導を始める。そしてやはり複雑げな表情のルイがまず後を追い、それを見たカイムとラウレルも二人の後を追う。

「あの……イザベル殿?」
「何か? あぁ、ちなみに決まった仕事場は持ち合わせていないので部屋を借りましたよ」
 サラリとしたイザベルの返答に、ルイの表情に動揺が走った。
 無理も無いだろう。本当に、彼女(彼?)を特定するものが本当に何も無いのだ。

「……そうですか……」

 いつもよりわずかに上擦った声でルイがそう言うと、イザベルは微かに笑って建物を指差した。

「ほら、そこですよ」

 普段なら気付くこともなく通り過ぎそうな、看板も何も無い自己主張の無い建物がそこにあった。
 イザベルは影が薄い、と言うよりはこの街の活気に気圧されて縮こまってるような印象を受ける二階建ての建物のドアに手をかけると、丁寧な動作で開けて中に僕らを招き入れる。

 チリン、と言うか細いベルに迎えられた建物の中は寂れた喫茶店のようだ。否、一応喫茶店ではあるが日当たりのせいもあってかかなり暗く、怪しい闇取引の会場のように思えてしまう。そんな風に考えてみればカウンターの向こうに立っているマスターらしき人物の陰気臭い顔も裏業界の人に見えてしまうものだから人の先入観とは末恐ろしい。

「マスター、予約してた者だけど」

 そしてイザベルはカウンター越しに渡された鍵を一瞥し、手招きをする。

「こっちだよ。05号室だ」





 案内された05号室には、客をもてなす為の気配りという物が何一つされていなかった。
 日当たりの悪い所か窓一つ無い部屋に椅子が4つと机が一つ、それから天井からぶら下がる埃まみれのランタンしかない。もはや部屋ではなく、箱だ。
 そんな『箱』の中、扉と反対側の壁を背にして椅子に座ったイザベルと向き合うようにカイム達3人が椅子を並べて座ったところで、静かに口を開いた。

「……すみませんね、話が話なので盗み聞きされない場所を選ばせてもらいました。まぁ信用するに足る場所なのでご勘弁を。あ、鍵をかけてもらえますか?」

 やはりそういう後ろ暗い用途で使われる場所だったらしい。
 とりあえず指示通りにカイムが無骨な閂《かんぬき》をかけると、イザベルは正していた姿勢を崩して話し始めた。

「それにしても、貴方達も随分と変わってらっしゃる。エルディアは今頃どこの情報屋も口が重いですよ。何せ……まぁ、この話はよしましょうか」

 相変わらず性別と本心の分からない口調でイザベルはそう言い、肩をすくめる。

「一つ目。まずはエルディアについてですかね……。
 空中浮遊都市エルディア。どうやらその名の通り、空高くを飛んでいる都市のようですね。都市、と言うよりは浮島に近い感じです。目撃者はほぼゼロですが、たまに記録として残っています。……まぁ、大まかにはこれくらい、ですね。此処からが本題です。
 最近多発している失踪事件に関してですが、実は百年ほど前にも記述があるんですよ」

 あらかじめ用意されていた物だったのか、イザベルは足元から羊皮紙の束を机に置いた。

「こちらは百十二年前の記録です。エルディアを目撃した集落で、同じ日同じ時間に少女が行方不明になっています。それから十二年間のうちに行方不明者は四十八人に上りました。それから百年間……今年に入るまで、エルディアに関する失踪者は一人もいませんでした」
「……それが今年になって、再び……と言うわけか」

 簡潔に言葉を引き継いだルイに、イザベルはご名答と言って笑い、続けた。

「そしてもう一つ……記憶喪失、ですね」

 その瞬間、頭から冷水を浴びせられたように意識が凍りつく。

「これはここ数年でかなり増加していますね。しかも奇妙なことに、全員最後には行方不明になっています。もしかしたらこれもエルディアに関係があるのかもしれませんね……」





 ノイエストの夜は、昼間の活気とは真逆に恐ろしいほど静かだった。
 その耳が痛いほどの静寂に耐えられず、ベッドから身を起こしていたのはどうやらカイムだけではなかったようだ。
「……ラウレル、起きてたんだ」
「まぁな。ルイさんは熟睡してらっしゃるが……」
「ちなみに下手に起こすとこっちが永眠するハメになるからね」

 苦笑いを浮かべて頭をかくラウレルに冗談混じりにカイムはそう言った。
 まぁ、事実ではあるが。低血圧で寝ぼけた頭のルイに迂闊に近づくと三途の川を渡り切ることになる。普段冷静な人ほど理性のタガが外れた時が恐ろしいのだ。

「分かった、注意することにするよ」
「あはは……。……ラウレル、聞いてもいいかな?」

 二人揃ってベランダの壁に背を預け、地面に座る。

「ラウレルは……さ。誰を探してるの?」
「……妹だよ。たった一人の家族なんだ」

 そっか、と返すと壁に頭を預けて空を見上げる。
 ……一方、寝付けなかった人はまだもう一人いた。

「……若いねぇ」

 彼等より年下なはずのルイはベッドから身を起こし、妙に年寄り臭いことをぼやいていた。





 結局その後中々寝付けないまま一晩が過ぎ、カイム達はノイエストを後にした。
 街を一歩出た時、目の前に広がるのは広大な森だった。日の光は鬱蒼と生い茂る木々に阻まれ、どこか薄暗く肌寒い。

「で……次はどこに行くの?」
「ナコタスと言う古代遺跡だ。どうやらそこにエルディアの手がかりがあるらしい」

 昨日までは持っていなかったかなり大きめの地図を難しそうに覗き込んだ仏頂面のまま、ルイはそう言って再び地図に目を戻す。確か彼女、道を覚えるのは大の得意だが地図を読み取るのは大の苦手だったはずだ。

「ナコタスって、アレだろ? その、中に入るには古代文字が読めなきゃ無理だったはずだが……」
「オレだってカジる程度には読めるさ」

 ラウレルの遠慮がちな発言をあっさりと切って捨てるルイにカイムは思わず苦笑を漏らす。
 確かにルイは読めないことはない、が、少しカジった程度の素人だ。恐らく自分に言い聞かせる意味合いもあるのだろう。

「しっかしまた遠いな……」
「……あの、すみません」

 しばらくぶつくさ言っていたルイだったが、背後から聞こえたその音に素早く振り返った。
 音? そう、音だ。声じゃない、音だ。

 そこに立っていたのは一人の男と、先程の声の主と思われる機械だった。
 いや、機械と言うにはあまりに人間じみている。無機質だが健康的な肌色の皮膚に赤い唇、真っ白の髪に赤い瞳を持った女性を模した機械だった。
 機械人、と言う言葉が不意に脳裏を過ぎる。

「……何ですか?」
「アナタ達も、ナコタスに向かうのですか?」

 ややズレたイントネーションで首を傾げて問い掛ける彼女に、ラウレルは困惑気味にルイを見、次にカイムを見る。
 ラウレルが戸惑うのも無理はない。見知らぬ土地での道中にいきなり機械人に話し掛けられれば誰でも戸惑うだろう。

「確かにそうですが……貴方達は?」
「申し遅れましタ。彼はアッシュ。ワタシはノエルと申します。皆さんの想像どおり、ワタシは機械人です」

 丁寧な動作で一礼するノエルに対し、背後の青年は軽く黙礼のみをした。背後に立つ青年は彼女と対照的な短髪の黒髪に、緑の瞳をしていた。
 やはり想像通り、彼女は機械人だった。
 ……機械人は遥か昔に量産され、そして葬られた古の技術の結晶だ。人と酷似した外見と心を持つその機械達はその完璧過ぎる性能故に恐れられ、やがて破壊されたのだ。

「初めまして、ルイ=アリナウスです……して、何かご用でしょうか?」
「はい。ワタシ達もナコタスに向かうのですが……アナタ達もエルディアに関する情報を集めているのでスよね。ワタシ達もご一緒させて頂けませんか?」

 流石にこれには驚いたのか、ルイは眉を跳ね上げて無意識の内に二人を睨みつける。
「……友人が、帰ってこないんだ」
「アッシュ……」

 不意に、覚悟を決めたような表情でノエルの後ろに立つ青年が、アッシュがため息と共にそう言った。
 それを聞くなり、ノエルはアッシュに目配せをして複雑そうな表情を作る。そう、作る。人間でない彼女には表情は作られるものなのだ。
 アッシュの発言に、無表情のルイとは対照的にラウレルはやるせない表情を浮かべる。同じ大切な者がいなくなった者同士、何か通ずる物があるのかもしれない。

「……アッシュのご友人は、戦場に出たきり戻って来なかったそうでス……エルディアが関与しているといわれてイる、レム高原での反乱軍と帝国軍の軍事衝突はご存知でしょう?」
「…………」

 言葉の信憑性を吟味しているのか、ルイは目を閉じ腕を組んで唇に指先で触れながらそれを聞いていた。
 考え事をするときに、腕を組んで唇に触れるのはルイの癖だ。本人に自覚はないらしいが。

「向かう場所が同じなら、ワタシ達が争う理由はありませン」
「……嫌だと言ったら?」

 まるで挑発するかのようにルイがそう言い放つと、ノエルは機械そのものの不気味にひび割れた声で言った。

「ナコタスの扉を開く鍵をアナタ達に教えないまでです」

 その発言にルイはため息を漏らした。……機械人は古代の技術の結晶だ。だからこそ、古代文字だって読める。ナコタスの扉を開く鍵と引き替えに旅の連れが増える。それは大人数で行動するリスクを背負うということだ。

 数秒間考えていたルイだったが、とうとう折れたのか降参といわんばかりに両手を上げた。
「分かった、オレの負けだよ。……余計なことはするなよ? こっちだってのっぴきならない事情抱えてんだから」
「感謝しまス」

 機械らしからぬ笑顔を作り嬉しそうに語調を上げるノエルに、ラウレルは最初から最後まで何も言えずにいた。ただ、複雑そうな表情でルイと僕をチラチラと見ている。
 ルイの言うのっぴきならない事情。僕の記憶とか、ラウレルの妹さんの事とか。しかしルイ本人には戦う理由が無い。
 ……ルイは、何故戦えるのだろうか……。





 そして、始めから定められたその場所に彼らはいた。
 一人の少女と、風を纏う一匹の黒龍。そう、レベルとベーゼだ。

「全く……あぁ、面倒だ」
「しかし驚いたな。プロトタイプが異常を来たすとは」
「比較的精度が上がったとは言え誤作動は仕方ないが……全て始めから定められているのであれば防げるだろうに……いや、定め故に何人にも変えられぬか」

 はぁ、とため息を吐き、レベルは空を見上げた。
 ため息の似合う、女である。
 そんな彼女を見下ろし、ベーゼは静かに笑って見せた。

「運命に抗うは愚かよ。如何なる水もいずれは海へ流れ着く。無数の星の輝きは誰にも得られぬ……己のみが報われぬと嘆く盲目の子羊は永遠に解き放たれることはあるまい」

 彼女と同等、いや、彼女よりも遥かに長く生き続けたベーゼの言葉は古き時代の残滓の中へと溶け込み、やがて消えていく。
 しばらく目を閉じてその声を聞いていたレベルだがゆっくりと目を開けると、静かに遺跡へと通ずる道を見てポツリと呟いた。

「……来たぞ」

 が、そこには誰もいない。いや、今まさに訪れようとしている。
 それは運命なのだから。





 ようやく鬱蒼とした森を抜け、視界が開けたその先にはゾッとするほど凄惨な光景があった。

 古び、停滞した時と静謐な荒廃を雄弁に物語る半ば崩れかかった神殿を背景に、漆黒の黒龍と黒い少女が立っていた。
 闇色をした立て襟のコートを纏い下に黒い布製の半ズボンと古いデザインのカッターシャツを着た彼女は静かに何をするでも無くそこに“い”た。
 何の歪みも無い冷淡な美貌に如何なる表情も浮かべずに、ただ無感情な藍色の瞳でこちらをじっと見ている。そしてその背後に立つ龍は、彼女と対照的な深紅の瞳で静かに空を仰いでいた。

 一瞬にして真っ白に漂白された思考を取り戻すまでの数秒間、カイムは息の仕方すらも忘れて立ち尽くしていたが、ルイの言葉と共に正気に戻る。

「誰だ」
「……まったく、人とはいつの世も愚かよの」

 それに答えたのは少女ではなく、あろうことか彼女の背後に立つ黒龍だった。

「長き時の内に古の記憶すらも忘れ去ったか……愚者は賢人を理解し得ない、いや、理解しようともしない……己の愚かさと醜さの露呈を恥ずるか」
「……その辺にしておけ」

 淡々と、哀れむようで嘲るような口調で流暢に話していた黒龍を黒い少女は制止した。
 そして何も宿さない瞳で静かにこちらを見据え、

 嗤った。

「始めてお会いになりますね。私はエルディア天空議員のレベル=ユースティティアと申します。以後、お見知りおきを」

 狂気すら感じさせる歪んだ笑みを浮かべ王族を連想させる優雅な動作で一礼するレベルに、カイムは形容しがたい恐怖を覚えて後ずさった。

「……議員? エルディアとは一体何なんだ?」

 カイムとは対照的にラウレルは厳しい表情でレベルに詰め寄り、食ってかかった。
 そんなラウレルをも嘲るように、レベルは静かに言葉を紡ぐ。

「語る必要は無いな。神への反乱は世界への冒涜であり、重罪である。貴様達が古代の聖域に足を踏み入れることは未来永劫無い」

 そう言ってレベルは口の端を持ち上げただけの酷薄な笑みを浮かべると右手をゆっくりと空に向けて振り上げた。
 その瞬間、ぐにゃりと世界が歪む。

「さようなら、汚らわしき罪人の諸君。アザトース様の慈悲があらんことを……」

 それが、意識が断絶する前に聞こえた最後の言葉だった。