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僕の好きな女性像の原点、『ノラ・ミャオ』

僕は小学生の頃、恐らく1976年頃だったと思うが、アメリカで初めてブルース・リーの映画を観た。たぶん、アメリカのテレビで放送していたのではないかと思うのだが、この時にブルース・リーを見た衝撃が、50年近く経った今でも僕の中で変わらず息づいていると思うと、僕の人生にとって如何に大きなインパクトであったかがお分かり頂けるかもしれない。そしてこの時、既にブルース・リーは他界していたことにも衝撃を受けたのだった。

物心をついた頃からブルース・リーに触れ、そして恐らく人生で最初に好きになった女優が“ノラ・ミャオ”だったのだと思う。彼女はブルース・リーの香港時代の3作品(『ドラゴン危機一発』、『ドラゴン怒りの鉄拳』、『ドラゴンへの道』)で共演した香港女優で、当時ゴールデンハーベスト社が売り出し中の女優だったのだ。清純で可愛く、それでいてキリっとした力強い眼差しが魅力的な女優で、ブルース・リーファンの誰もが恋をしたものだ。

ブルース・リー主演第1作、『ドラゴン危機一発』はノラ・ミャオのデビュー作でもあったが、映画の中ではキャンディー売りの女性役なのでやや脇役だった。しかし、それでもキュートさは隠せなかった。そして続く第2作『ドラゴン怒りの鉄拳』では、ブルース・リーがスクリーンで演じた唯一のキスシーンをノラ・ミャオと演じている。続くローマロケを慣行した『ドラゴンへの道』で見せた、ちょっとツンデレのレストランオーナー役を演じたノラ・ミャオも捨て難い。

今振り返って自己分析してみると、彼女の魅力・可愛らしさがそのまま僕の好きな女性のタイプとして登録されて行ったのではないかと思う。そして、その後好きになった倉木麻衣や少女時代のユナも、どこかノラ・ミャオに似た要素を持っているように思うので、ノラ・ミャオを好きになったことが後々まで僕の好きタイプとして色濃く影響しているのである。

(ノラ・ミャオとユナ)

ノラ・ミャオは1952年生まれで、現在72歳。1990年にカナダ/トロントに移住して今も平穏に暮らしているらしいが、どうやら2017年に香港のテレビドラマに出演したらしく、今でも女優としてご健在なのは嬉しい。1940年生まれのブルース・リーとは12歳違いで、当時恋仲ではないかとの噂も多かったようだが、実際には彼女を妹のように可愛がっていたらしい。ブルース・リーの死後に聞いたノラ・ミャオへのインタビューなどでもその関係性が裏付けられている。

そんな中、何とも感動的なノラ・ミャオグッズを入手してしまった!彼女が1975年にサインしたと思われる直筆サインだ。それなりに高価であったが、ノラ・ミャオファンとしてはぜひとも欲しい逸品だったので、思わず購入した。49年も前のサインだけあって色紙はかなり痛んでおり、シミなども多いが、その経年劣化も含めてお宝である。

色紙の信ぴょう性を確かめる為、1975年当時の資料などを色々と調べてみたが、雑誌『ロードショー』によると、ノラ・ミャオは1975年の1月13日から4-5日くらいの間、『ドラゴンへの道』の日本公開タイミングに合わせて、プロモーションで来日を果たしていたとの記事があった。この際に東京・大阪・福岡などを周っているが、恐らくこの来日時にどこかでサインした色紙が流通したのだろうと思うので、かなり信ぴょう性は高そうだ。

1973年にブルース・リーが亡くなってから、遡って日本でも香港時代のブルース・リー作品が次々と公開され、これは上述の通り全てノラ・ミャオが共演している。よって1975年頃は空前のブルース・リー/クンフー映画ブームが世界で巻き起こっていた真っただ中であった。

映画ファンの間で一番人気であった雑誌『ロードショー』では、毎月男優・女優の人気ランキングを掲載していたが、1975年当時は常に男優1位はブルース・リーで、女優1位はノラ・ミャオだったし、1980年代までランクインしていた。今振り返ってみてみると、如何に2人が当時人気であったかわかると思う。

ノラ・ミャオが表紙を飾っている『ロードショー』1975年4月号や、当時の雑誌を何冊か保管しているが、記事の中には、“もし1973年にブルース・リーが亡くなっていなかったら・・・”と題して、色々な興味深い取材なども載っており、今読みかえしてみるとかなり興味深い。『燃えよドラゴン』の世界的なプロモーションの為、ブルース・リーは色々な国を周ることを計画していたらしく、日本に来ることも計画に入っていたようだ。そして、『燃えよドラゴン』の撮影で中断されていた『死亡遊戯』のことも当時から良く知られていたが、亡くなっていなければすぐに再開される予定であった撮影には、ノラ・ミャオが共演する予定だったらしいので、ブルース・リーがもし亡くなっていなければ、『死亡遊戯』もまた違った映画になっていたことだろうし、ノラ・ミャオとの魅力的な共演作となった筈なので、亡くなってしまったことが本当に悔やまれる。

今回、1975年代に書かれたノラ・ミャオのサインを入手したことで、またノラ・ミャオに関して振り返る良い機会となったが、こういったグッズはタイムマシーンのようで、一期一会の貴重な出会いでもあるので、その意味でもまた新たな宝物を入手出来たのは本当に嬉しい出来事であった。

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