手塚治虫が漫画家としてデビューする前に書かれた習作の一つで、後に大ヒットとなる『新宝島』の原型になったとも言われている『オヤヂの宝島』という作品がある。その存在は昔から知られており、手塚治虫本人もデビュー前に多くの作品を執筆していたと言っており、1,000ページ以上の大作も描いたと度々発言していたのだが、そんな作品の一つがこの『オヤヂの宝島』である。
戦中の1945年から戦後の1947年頃に描かれたというのが定説だが、長らく“幻の作品”と言われていたものだ。そんな中、2001年に発売された『手塚治虫漫画大全集DVD-ROM』が発売され、その中に初めて単行本化されたこの『オヤヂの宝島』がセットに入っていたのだ。この大全集は、手塚治虫の作品計400巻をデジタルデータ化してDVD-ROM 8枚のBOXセットに収めたものだったが、高価なもので、限定販売されたものだったので当時購入できなかった。そして、当然セットに含まれたこの『オヤヂの宝島』も入手出来るわけもなく、益々幻の作品として、僕の中でその存在感を増していった。『オヤヂの宝島』の単行本は、こちらのカラーイラストのケース付きで、ハードカバー仕様。なかなかレアな装丁で魅力的なものであった。
その後、2009年に小学館クリエイティブから発売された『新宝島』の豪華限定版において、ついに『オヤヂの宝島』も収録されたので、ようやく中身を読めるようになったし、この『新宝島』豪華版は僕も購入したが、ソフトカバーのもので、やっぱり2001年に単行本化されたハードカバーのものが欲しいと思いながら、長年入手できるチャンスを狙っていた。
時々、この2001年版『オヤヂの宝島』の単行本だけ、単品でネットに出回ることもあるのだが、その希少性から10,000円以上超える高価な値が付くものが殆どで、なかなか入手することすら困難な代物であった。しかし、今回何とも幸運なことに、この『オヤヂの宝島』をネットで発見し、しかも4,000円で売られているのを発見し、興奮しながら即購入!
『オヤヂの宝島』は、とある海で客船が嵐に巻き込まれる。船はまもなく沈没してしまうが、無事に避難した乗客は救命ボートであても無く海を彷徨っていたが、生き残りの一人である老人が死に際に自分の先祖が手に入れたという宝の在り処を示した暗号について話しはじめる。まもなく老人は亡くなるが、船は幸運にもハワイの島へ漂着したのだった。しかし、その島では悪人サムをはじめとするギャングらが暗躍しており、話はアルセーヌ・ルパンやシャーロック。ホームズをも巻き込み、複雑に絡み合った彼らを一つの場所に収束し始める、という展開になって、未完で終わっている。更にこの作品は習作だけあって、ところどころ原稿が紛失してしまっているので、繋がりがわかりにくいところもある。
本来は世に出ない未完成作だが、それでも途中の場面展開は、まるで映画か、ディズニーのアニメの絵コンテを見ているかのような流れるような展開は本当に素晴らしいの一言!これは当時としては画期的であったし、映画やディズニーを愛していた手塚治虫が日本の漫画界に持ち込んだ“発明“であったと言える。そして、これをデビュー前からやってのけていた手塚治虫の天才ぶりは改めて感動してしまう。この感動的なテクニックを見るだけでも、この『オヤヂの宝島』を手にとる価値はあるだろう。
ワンちゃんも登場するが、これがまた躍動感があって、この頃から既にとても手塚治虫らしく、可愛く描けているのも楽しい。
更に『オヤヂの宝島』の主役には、手塚治虫作品で有名なキャラクターであるあの“ヒゲオヤジ”が早くも登場している。そして悪役のサムは“ハムエッグ”が演じている。手塚治虫はのちに“スターシステム”と呼ばれる、同じキャラクターが様々な作品に、まるで役者のように登場させる仕組みを定着させていったが、まさにこの1945年頃の習作から手掛けていたのも凄い。
巨匠、手塚治虫のデビュー前習作を読むことが出来るというだけでもファンには感動ものだが、まさに漫画界の歴史遺産と言ってもいいような作品である。そして、その幻の作品の貴重でレアな単行本をついにゲット出来たことは本当に感無量であった!