ごく初期にパッと燃え広がったらしいです、60年代か?
実験で区別できなくてはならないというコトもあり、それで色付きハドロンなどが提唱されましたケド、それは出ませんでした。と、いうか、 J/Ψ粒子の時に「すわ、色付きハドロンか?」という憶測がサッと燃えてサッと消えたらしいですね、で、11月革命なんてことになった。
だとしたら、素粒子の世界で王権を誇っていたのは誰か?
うがった見方?なのかもしれマヘンけど、湯川や南部ら日本の物理だったのではないかと、そう疑われますがな、そう。違うのかいな、ワシらにはよくわかりマヘンのやけど、ゲルマンのクォーク論が揺らいでいた頃、というか日本の学者は信じて無かったのですが、そうやないか。
とすると、日本は革命を起こされた国や言うコトになるw
そもそも二中間子論なんか愚にも付きマヘなんだやろ、そこに加えて第四のクォークが発見された、日本はもう追い付けないという話になった。ま、そりゃ、日本でも丹生教授が第四のクォークの痕跡らしきモノを宇宙線の中に見出しておりましたけど、そう、一連の動きの中で無視されてしまわれた、ああ。
湯川ロマロフに南部ラスプーチンか、そんなトコやった?
80年代後半から世界の素粒子は、遅ればせながら日本もアメリカに染まりきっていたことは確か、で、京都大学が干されていったことも、そうでしたやん。で、王政復古の動きとも言える当ユニバーサルフロンティア理論みたいなプランは、言うなればドコの誰からもワシ以外には出てこられマヘンがな、そうやろ。
大学紛争がヤケに革命動議じみていたのもそのせいかも?