かつて物理学には「甲乙両説どちらが正しいか」という話が無かった!
だから、例示するには他の学問が必要であり、例えば考古学における邪馬台国論争などがそうであり、物理学者は「クォークは分数荷電か、はたまた整数荷電か」などといった論争には慣れておらなかったらしい。相対論や量子力学のような「一本化した動議しか経験に無い」といういくぶんか“しんどい神経の方々”が物理学者の集合であるようだ。最初から新しい方が正しいに決まっている、そんな経験しか頭に無いようだ。
それは「保守と革新の関係」にちょっとだけ似ている・・。
その話がそもそもの話ではないかと疑いだしたのが昨日今日の私でして、ようするに南部先生は物理学会に歴史上およそ例のない動議を持ち込もうとして失敗なさったのではなかったか。私としては、韓=南部模型を盾にして戦っている覚えなど無いが、あてになることが身上の物理学の世界に、論争を持ち込もうとした男の失敗ならよく分かる気がする。
かの世界に身を置くならば「クォーク荷電は整数です」と断言する必要があったのだw
ま、なんの証拠もナシにそれは困難だったことは察せられるワケで、色付きハドロン説の全面撤退に続いて消滅してしまったのが韓=南部模型だったのだろう!
だけど変じゃないですか、韓=南部模型は物理学説として、ま、正面切って否定されるようなモンじゃないですがな。否定されておらないのに消滅した説、なんて、ね、そんなの歴史上他にあったのですかね。欧米流の議論の話をさせてもらったことがありますけど、んー、その話と同じで「南部が勝手に引っ込んだだけ」にされているのではないですかね、微妙な話ですが。
(ヤレヤレ・・w)
だから、例示するには他の学問が必要であり、例えば考古学における邪馬台国論争などがそうであり、物理学者は「クォークは分数荷電か、はたまた整数荷電か」などといった論争には慣れておらなかったらしい。相対論や量子力学のような「一本化した動議しか経験に無い」といういくぶんか“しんどい神経の方々”が物理学者の集合であるようだ。最初から新しい方が正しいに決まっている、そんな経験しか頭に無いようだ。
それは「保守と革新の関係」にちょっとだけ似ている・・。
その話がそもそもの話ではないかと疑いだしたのが昨日今日の私でして、ようするに南部先生は物理学会に歴史上およそ例のない動議を持ち込もうとして失敗なさったのではなかったか。私としては、韓=南部模型を盾にして戦っている覚えなど無いが、あてになることが身上の物理学の世界に、論争を持ち込もうとした男の失敗ならよく分かる気がする。
かの世界に身を置くならば「クォーク荷電は整数です」と断言する必要があったのだw
ま、なんの証拠もナシにそれは困難だったことは察せられるワケで、色付きハドロン説の全面撤退に続いて消滅してしまったのが韓=南部模型だったのだろう!
だけど変じゃないですか、韓=南部模型は物理学説として、ま、正面切って否定されるようなモンじゃないですがな。否定されておらないのに消滅した説、なんて、ね、そんなの歴史上他にあったのですかね。欧米流の議論の話をさせてもらったことがありますけど、んー、その話と同じで「南部が勝手に引っ込んだだけ」にされているのではないですかね、微妙な話ですが。
(ヤレヤレ・・w)
ブロ友さんの中には、その博士に会ったことのある人もいます。
それとも南部先生のことでは?
で、「その博士」って誰です?