前回の更新で、「こまめに」とか書いておきながら、すでに1ヶ月…。
オレってヤツぁあああ!!
気を取り直して第6回の講義。前漢についてお話したが、
時代が非常に長かったこと(200年を3時間で話すってのも…)、
またその内容が非常に多かったこともあり、十分に話せなかった感が強い。
そこでブログでは内容ごとに区切って紹介しよう。
まずは一番わかりにくかった(と思われる)
讖緯説というシロモノから。
まず「讖緯」という言葉だが、もともとはまったく別物だった。
「讖」とは自然界で発生した不思議な現象のこと。
例えば壁や木の葉に浮き出た文字のこと。「何かのお告げ」といった意味合いに近い。
もともとは天文や気象なんかを研究していた人たちが、
では、いったいどんな「お告げ」なのかということを読み取るわけだが、
当時の人々はそれを儒教の「経典」に求めた。
が、実はそんなものは、大昔の聖人だって考えていたわけじゃない…。
でもそれじゃぁ困るわけである。
だって、それが説明できないと、自分の地位にどんな影響があるか分かんない。
皇帝そのものの権威の裏づけだってしなくちゃいけない。
そこで彼らは考えた。もともと「経典」の「経」という字は「縦糸」のこと。
つまり「そっか、縦糸だけじゃ布は織れないんだね」ということ。
世の中という布を織るための「横糸」が必要になったわけ。
それが「緯」であり、讖緯書といわれる本。
要するに現れたお告げを儒教の経典と結びつけるための解説書、
もしくは未来のこと予測する預言書をみたいなもんだ。
これ、登場してからは、もっぱら政治権力の強化・奪取に利用された。
天のお告げを利用して、自分の行為を正当化しようというわけ。
有名なのが昭帝の跡継ぎ探し。
若くして即位した昭帝。彼が元服した際に、ある上奏書が奉られた。
いろんな怪異現象が記されていたのだが、その中に
・昌邑国の国社の枯れた木が復活した
・上林苑の切り倒された柳の大木が生き返り、
その葉っぱの上に虫が食べた跡が「公孫病已立」という文字になっていた。
「もっと頭の良い人を見つけ出して、皇帝を変えましょう」とまで提案されていた。
時の権力者・霍光は激怒して、上奏者を処罰した。
ところが、その後、昭帝が崩御。
霍光は昌邑王・賀を皇帝として迎えたのだが、
これがモー、トンでもない人で、朝廷の規律は破る、女性には乱暴するってんで
皇太后と相談して、即位前に継承権を取り上げ、追い出してしまった。
「じゃぁ、誰にするよ?」って話になったときに、
「そういえば、病已って人知ってるよ」という声(早よ言えよって感じだが)。
しかも、武帝の曾孫だとか。
武帝のかつての皇太子で、謀反の容疑で殺されてしまった衛太子(劉拠)の孫で、
殺される前に赤ん坊だったので、助け出され、民間で育てられたのだという。
(しかし、劉拠さんは、死んだときまだ33歳だったはず…)
さっそく霍光は、この青年を招き、皇帝とした。これが宣帝。
先ほどの「公孫病已立」って文字意味は
「病已」という青年が皇帝になるということを示し、
そしてその人物は「公孫」、つまり貴人(衛太子)の孫であると言っていたのだ。
まぁ、「ホントかよ!」とツッコミたくなる部分もヒジョーに多いのだが、
こういう非人為的な自然現象を、ややオカルチックに解釈していた。
(ちなみに、後代になると人為的にその現象を作り出した罪で処罰される人も)
そして、これを利用して自身の権威を高め、
ついに簒奪を果たしたのが王莽だったのである。
オレってヤツぁあああ!!
気を取り直して第6回の講義。前漢についてお話したが、
時代が非常に長かったこと(200年を3時間で話すってのも…)、
またその内容が非常に多かったこともあり、十分に話せなかった感が強い。
そこでブログでは内容ごとに区切って紹介しよう。
まずは一番わかりにくかった(と思われる)
讖緯説というシロモノから。
まず「讖緯」という言葉だが、もともとはまったく別物だった。
「讖」とは自然界で発生した不思議な現象のこと。
例えば壁や木の葉に浮き出た文字のこと。「何かのお告げ」といった意味合いに近い。
もともとは天文や気象なんかを研究していた人たちが、
では、いったいどんな「お告げ」なのかということを読み取るわけだが、
当時の人々はそれを儒教の「経典」に求めた。
が、実はそんなものは、大昔の聖人だって考えていたわけじゃない…。
でもそれじゃぁ困るわけである。
だって、それが説明できないと、自分の地位にどんな影響があるか分かんない。
皇帝そのものの権威の裏づけだってしなくちゃいけない。
そこで彼らは考えた。もともと「経典」の「経」という字は「縦糸」のこと。
つまり「そっか、縦糸だけじゃ布は織れないんだね」ということ。
世の中という布を織るための「横糸」が必要になったわけ。
それが「緯」であり、讖緯書といわれる本。
要するに現れたお告げを儒教の経典と結びつけるための解説書、
もしくは未来のこと予測する預言書をみたいなもんだ。
これ、登場してからは、もっぱら政治権力の強化・奪取に利用された。
天のお告げを利用して、自分の行為を正当化しようというわけ。
有名なのが昭帝の跡継ぎ探し。
若くして即位した昭帝。彼が元服した際に、ある上奏書が奉られた。
いろんな怪異現象が記されていたのだが、その中に
・昌邑国の国社の枯れた木が復活した
・上林苑の切り倒された柳の大木が生き返り、
その葉っぱの上に虫が食べた跡が「公孫病已立」という文字になっていた。
「もっと頭の良い人を見つけ出して、皇帝を変えましょう」とまで提案されていた。
時の権力者・霍光は激怒して、上奏者を処罰した。
ところが、その後、昭帝が崩御。
霍光は昌邑王・賀を皇帝として迎えたのだが、
これがモー、トンでもない人で、朝廷の規律は破る、女性には乱暴するってんで
皇太后と相談して、即位前に継承権を取り上げ、追い出してしまった。
「じゃぁ、誰にするよ?」って話になったときに、
「そういえば、病已って人知ってるよ」という声(早よ言えよって感じだが)。
しかも、武帝の曾孫だとか。
武帝のかつての皇太子で、謀反の容疑で殺されてしまった衛太子(劉拠)の孫で、
殺される前に赤ん坊だったので、助け出され、民間で育てられたのだという。
(しかし、劉拠さんは、死んだときまだ33歳だったはず…)
さっそく霍光は、この青年を招き、皇帝とした。これが宣帝。
先ほどの「公孫病已立」って文字意味は
「病已」という青年が皇帝になるということを示し、
そしてその人物は「公孫」、つまり貴人(衛太子)の孫であると言っていたのだ。
まぁ、「ホントかよ!」とツッコミたくなる部分もヒジョーに多いのだが、
こういう非人為的な自然現象を、ややオカルチックに解釈していた。
(ちなみに、後代になると人為的にその現象を作り出した罪で処罰される人も)
そして、これを利用して自身の権威を高め、
ついに簒奪を果たしたのが王莽だったのである。