「献上のプロセスを知らねばならない」
「イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。」
マルコによる福音書 14:3 新共同訳
黙想
嫁入り道具でもあり、300万円程の超高価なオイルを叩き割って、キリストに注ぐ。
自分の未来、夢を献上する献身にも取れる。
全財産だったかもしれない。その決断の不退転を示すものとも言える。
しかし、1番読み取らなければならないものは、この女性はイエスをキリストと認め、誰よりも愛していたということだ!
キリストご自身が言うように、
「この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。 はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」」
マルコによる福音書 14:8-9 新共同訳
もったいない!という気持ちが周りの人たちを支配した。しかし、どんなものよりも、主イエスの方が尊く高価であり、何にも変えられない。
ヨハネによれば文句を言ったイスカリオテのユダは金入から金を盗みんでいだと言う。人のアラを探す人ほど、自分の罪を隠していると言うのは本当だと思う。
適用
どんなものであっても、その人が主に捧げるプロセスを知り、受け取らねばならない。
捧げ物は質でもある。
主は心を見られる方。
捧げ物はルーティーンになってはならない。
また、さばいてはならない。
祈り
今日も祈祷会や取材、日本橋のミニストリーがありますが共にいて働いてくださることを感謝します。アーメン
オレンジカウンティお茶の間集会