坂を登って行くと、やがて右手に白い建物が見えて来る。
丘を登り切った僕は、汗を拭いながら、遥か沖まで続いている海を眺める。
風が吹いた。潮の匂いがする風だ。
白い建物はどうやらカフェらしい。でも営業しているのを見たことがない。
しかし今日は駐車スペースに大きなグリーンの車があった。目を移すと「Open」と書かれたプレートが白いドアに下がっていた。
開いているのか?
自転車を隅の方に置き、カフェのドアを開けた。カランという音。明るい元気な声が僕を迎えた。
「いらっしゃいませ!」
白いシャツに薄いブルーの前掛けをしたその人。他にはスタッフはいないようだ。焙煎したコーヒ豆の香ばしい匂いが僕の鼻をくすぐる。
先客がいた。年配の男性が窓際の席にきちんとジャケットを着て座っている。
「どうぞお好きなお席へ」
せっかく海が見えるのだからと思い、眺めの良い窓際の席へ。水の入った透明なグラスがテーブルにコトンと置かれる。
「あの、今日は開いているんですね」
「はい。営業中ですよ」
「あ、そうですよね」
僕の間抜けな言葉にその人は微笑んでみせる。
「ご注文は何になさいますか」
「ええと、この、夏ブレンドをください」
「承知いたしました」
「あの」
「はい?」
「あの、このカフェはいつまでやっていますか?」
すると、こんな答えが返ってきた。
「わたしの中の夏が終わるまで、かな」