わたしと向き合う

2020年初頭、自分本位に生きる事の虚しさに気づき心機一転。

心が落ち着かない原因は、新型コロナウィルスではなかった。

2020-04-29 20:21:30 | 日記
新型コロナウィルスの流行による社会不安によって、精神的に辛くなっているのだと思っていたけど、自分が不安である事とコロナウィルスは関係ないと気づいた。
もちろん、多少の不安はあるけれど、大半の不安はコロナウィルスと関係ない事に起因するものだった。

不安である口実としてコロナウィルスの流行を利用していただけなのだ。
だから、なんとも言い難い後ろめたさのようなものを感じていたのだと思う。無自覚に、必死でコロナウィルスで不安で自分の今後が心配だ、と色々な不安材料を探しまくっていたけれど、もうそんな事をする必要はないと思う。
気づいたから大丈夫、というわけでもないけれど、そうやって不安探しを続けても、冷静に行動する事を困難にするだけだしね・・・

新型コロナウィルスが流行って、先も見えない状況というのは事実かもしれない。
けれど、それを理由に自分の心を過度に追い詰めたり、さらには他者を傷つけたりするのは良い事ではないと思う。いつか冷静になる時がある。その時に、自分のやっていた行動を、自分が作ってきた現実を受け止める事ができるのか、それは難しい事だと思う。
なので、今は普段以上に自分の行動を冷静に見つめて、考えて行動する必要があると思う。

読んでくださったみなさんの健康と安全を心から祈っています。
私も普段以上に注意して生活をしていきます(^^
ありがとうございます。


違う世界を見るのは案外簡単な事かもしれない。

2020-04-26 18:07:55 | 日記
何十年も住んでいるのに

一度も通ったことがない道
行ったことがない場所

そんな場所がないだろうか?

そんな場所があるのなら、好奇心を持って散策してみてほしい。

普段行かないような場所に行ってみると
想像と全く異なる景色が広がっていて、
そんな体験を前に、自分の想像はことごとく崩れ去る。

例えば、

「この周辺は住宅密集地だから、広々した原っぱや小川なんてないだろうなぁ」

と思っていたら、路地を一つ入っただけで、
そんな場所にたどり着いて大層驚いたことがある。

行ったこともない場所に対して、自分は「住宅密集地」という想像を勝手に
貼り付けて、決めつけていたのだなとその時に気づかされた。

そういった体験があったとしても、自分の置かれている状況は
そのまま変わらないかもしれない。
しかし、意識は変わっている。

特別なことが自分を変えてくれるのだ、という思い込みを超えた時、
自分を取り巻く、日常のささいな出来事全てが特別な出来事に変わる。

だから、今置かれている状況から身動きが取れなくても、
違う世界を見ることはできるのだ。



Night And Day のピアノバッキング練習

2020-04-25 22:21:09 | 日記
ここ最近、Night And Dayの伴奏を練習している。
People Time というアルバムのNight And Dayの演奏で、
ケニー・バロンがこんな感じのバッキングをしている。
実際はもう少し違う感じだと思うけどネ。

ひとまず、このパターンで色々なコードを弾けるようになったら、
右手のコードのパターンもバリエーションを増やしてみたい。
リズム増やしたり、押さえる音変えたり・・・



被害者意識に囚われているとしんどくなる。

2020-04-24 23:56:20 | 日記
日常生きていれば嫌な事はいくらでもある。
一見して嫌な出来事が自分を苦しめるかのように思える。
なんだか、自分が常に色々な物事や人に苦しめられている
被害者のように感じる瞬間がある。

でも、苦しみの原因はその出来事そのものにはなくて、
「その出来事や人に、自分は苦しめられている」という想いが
自分を苦しめているのだと思う。

目先の対策をとっただけでは、違う場面で似たような苦しさを感じる事になる。
物事に対処できるなら対処すれば良い。
対処しているのに、何度も同じような苦しみに見舞われると感じたなら、
自分の内面の方に意識を向けてみる良い機会だ。