2012年 8月1日のマニラ新聞から
台風9号
台風の影響でルソン地方北部で強風を伴う大雨。死者は首都圏の近郊州に集中
フィリピン気象庁によると、台風ヘネル(9号)は31日午後10時現在、ルソン地方バタネス州
バスコ町の北東250キロを時速7キロでゆっくり北へ進んでいる。ルソン地方中・北部は31日、
強風を伴う大雨に見舞われ、バギオ市では全小学校、高校が休校となった。
国家災害対策本部によると、台風による死者は30日から4人増えて計8人、
行方不明者は3人になった。死者8人のうち、6人が首都圏近郊州に集中した。
被災者は、19州15市49町の約21万9千人に上り、このうちルソン地方カビテ州で
半数以上となる約12万7千人に達した。今後、ルソン地方北部で被害の拡大が懸念される。
台風は速度を落としており、気象庁は1日もルソン地方ほぼ全域で雨を予測し、
引き続き警戒を呼び掛けている。
31日午後10時現在、ルソン地方バタネス州に警報3、カガヤン州に同2、イサベラ、
カリンガ、アパヤオ各州に同1が発令されている。
[ 2012年 8月1日のマニラ新聞 ]
本日の日記
2012年8月 1日(水) 午前3時半 天候 雨 気温24℃ 湿度88%
昨日から降り続いた雨、台風9号の影響の、残タガイタイです。雨の為、出掛けなかったので
本日は時間に、ルーズな此の国で、2時間待ちは常識ですが、一番長く待たされたのが、
7時間ですね、この事が有ってからは、3時間は平気で待てるように、なりました。【笑】
本日は以前書きました、5年前の出来事を書いた、古い日記を、掲載致します。
(5年前の出来事を書いた、古い日記から転載) 私の大家族
昨朝、7時、階下が騒がしいのです。急いでPCを中断し、下りて行きました。
大勢の家族たちが、クリスマスの為集まっていたのです。 そこにはワランペラ家族の
三つ子の姿も、妻の下から2番目妹、リリヤの孫に当たりますが、リリヤは子供3人と
旦那の5人で、パサイで暮らしておりました。子供3人はマニラの大学を卒業し
長女は空港の税関勤務、次女はP.N.B勤務です。
義妹夫婦はフィリピンでよくある、老後は子供達におんぶしての生活設計を立てたのです。
「お父さん、老後はタガイタイに家を建ててのんびり暮らそう。私達が養ってあげる」
ところがこの生活設計が頓挫するのです。云いだしっぺの長女が何処の馬の骨だか
分らない男の子供を身篭ったのです。長女は未婚の母になる事を決意します。
ところが、厳格な亡義父は激怒しました。相手の男を呼びつけ結婚するよう迫ります。
この男はワランペラ(無い・金)で、間違いメールにて交際しだしたと、これは、
女を引っ掛ける時、フィリピン人の男達が使う常とう手段だったようです。
義妹の家は大学に通わせるだけで、精一杯貯えなど有りません。
そしてワランペラ家の娘とワランペラ男が結婚する事に、亡義父や妻たちが援助!
だって花嫁衣裳はおろか、義妹の旦那はバロンタガログ(フィリピンの正装)も
持っていなかったのです。(笑)
その後、長女はワラペラ花婿の実家サンタロサで、無事男の子を出産致します。
そしてこの頃、義妹一家はパサイよりタガイタイに越してくるのです。長女も乳飲み子を
抱えているので同居、タガイタイでの生活が始りました。そしてまたまた妊娠、
今度は三つ子を身篭ったのです。母体の危険を考え、7ヶ月での帝王切開で
出産致しますが、全員が保育器暮らしですから、病院代は掛かりますね、またもや周りから
借りまくりです。或る日、病院に付き添っていた義妹の旦那から、TXtが赤ちゃんは未熟の為、
退院は出来ないが姪っ子だけ退院するから迎えに来て欲しいとの内容です。
私は妻に聞きましたよ、「如何しよう。行った方が良いか?」私だって車でマニラへ行く事は、
30年ぶりですよ、自信は有りませんが、日本男児です。 退院時間は昼12時、間に合うように
出発致します。目指すはエルミタ近くのP.G.Hです。時間には充分間に合いました。予定時刻の
12時、これから授乳の時間なのでこれが済んでから出てくると
時刻は3時になりましたが出てきません。今会計に行ったら昨日の話と違いお金が足らなくて
退院出来ないと、「えっ12時に退院すると云うのに、会計も済んでいないのかい
これから足らないお金を、サンタロサの知り合いに借りに行くと、「えっ」もう開いた口が塞がりません。
仕方なく私は持っていた手持金を出しましたよ、だって金の工面が出来るまで、この病院で幾日も
待つ訳には行きません。そして更に2時間過ぎた頃、今度は主治医の先生のサインが
揃わないとの事、三つ子なので3人の主治医の先生のサインが必要と、もうどうでもよくなりました。
退院するからと連絡くれる時は、会計を済ませ、主治医の先生の許可を貰って置くのが
常識だと思うのですが、泥棒に追い銭と云う気持がしました。そしてやっと出てきたのは夜、
7時を過ぎていました。時間にルーズな国ですが、7時間以上待たされるのは、これきりにして
貰いたいです。 当初、妻からガソリン代を出すからと聞いていたのに、
貸したお金も戻って来ません。(大笑)
昔からのお付き合いではございませんので、このブログから推測されるダニエルさんの生活ぶりは、私の知っている比国の貧民層の皆さんとは随分かけ離れてると感じていました。
本日の5年前の日記の一節を紹介されてダニエルさんもやっぱり比国の一般の生活ぶりと安心しました・・・(笑
素晴らしく感じたのはお亡くなりになられた義父さんです。多分相当苦労されて生活の基盤を作られたのだと思われますし、そのお子さんの教育にも力を入れられたものと偲ばれます。
大家族制度の比国ではどうしても実家の威光がその次の世代にも影響します。勿論優秀な子供を持てば親も楽が出来るのでしょうが、比国では『運』も大きな要素だと思われます。私のピノイ友人の病気で亡くなった兄の奥様の実家は男兄弟が米国で医療関係の仕事で今でも独身(多分50半ば過ぎ)で実家の面倒を見続けています。そしてバタンガスに立派な屋敷と家もございます。兄嫁もその実家で苦労なく生活してます。
本日の写真のお身内のお集まりのスナップでしょうが、やっぱり子供の多い家族は羨ましく感じます。生活を支える責任がないからより一層良いですね・・・(笑
三つ子の男の子も将来楽しみですね。自分の人生を振り返ってみても子供が育つ過程が苦しさでもありますが生き甲斐でもあった気がします。私の場合は中途で頓挫してしまいましたが、孫がいる年代になると一段と昔を思いだします。苦労と歓びは紙一重だと感じます。
比国での長時間待たされる経験は嘗てタレントオーデションで何度も経験してます。結果翌日に変更されることもしばしば・・・(苦笑
世界中で100年あまりの観測史上高気温をうちだしているようですから日本の暑さは仕方ないですね(涙
東京は一週間で8800名強が熱中症で搬送されているようです。
待つ事と我慢強さと比例するのではないでしょうか?
ダニエルさん!やはり日本の通院は4月と10月に変更してもらった方がよいですよ!
私もフィリピン移住を考え初め、一番気になって居た事は健康問題ですネ。
フィリピンは医療費が高いと聞いて居たので、なるべく
避けなければと思って居ました。
重病人が出ると、それだけで家庭は破産するような話も...?
緊急事態は別にして、やはり異国の地の病院の門は叩きたく無いと思い、
5年前にあまり病院に行く事無い私ですが、思い切って健康診断を受けたら、
なんと!成人病のオンパレード結果でした。(笑)
ダニエルさんと同じく、3ヶ月に1度帰国して診断を受けなければ行けませんが、
9月初旬の帰国は止めて、代わりにカミさん一人で帰って貰い、
薬を貰って来る様目論んでます。
だって、熱いの苦手ですから....(笑)
話は変わりますが、7月15日に入管法が改正されましたが、
永住ビザ等持って居る外国人は、1年以内の再入国申請は要らなくなり、
数次も3年から5年に延長されました。
以前は住民票にも載らないので、父子家庭と思われて居ましたが、
今度は載りますね。(笑)
あっ!ダニエルさんの奥様には、全然関係無い話でした。(爆)
本日(五年前)の記事ですが確信犯?かと疑ってしまいます。心の汚い私です(笑)。七時間もよく我慢しましたね、私ならとっくに帰っています、黙って。あっ、その前に迎えに逝かないですね(笑)。
ボランティア精神がす.素晴らしい
挨拶遅れました 昼間ですからダニエルさんこんにちは皆様こんにちは(^-^*)/
私も知り合いがブンティス毎月の検査もままならず、破水…クーヤPlesem(__)mアコオカニナイ ドウスルシタライイカ?と言われ仕方ないからブンバイ役で貸しましたが、まぁ戻らないと考えましたら、この男悪いですね『 アコノ、ブンソワカイアルヨ.ダイジョウボ』
『ソクソクネ
さすがに私も同類ではありませんから出来ませんね
返してくれるまで3年くらいかかりましたが良かった方かもしれません今だに腐れ縁です【警官です】
>私の知っている比国の貧民層の皆さんとは随分かけ離れてると感じていました。
私の住む環境が特別恵まれて居るわけでは御座いません。その場面場面で戸惑いも、
私の心の中に有る、
受け止める心の変化なんですね、
昔受けた心と、今うける心が違うのでしょうね、その頃受けた思いが、違うように感じます。
昨日も一番長時間待たされた事を考えて、古い日記を見ますと、その時の思いが蘇るのです。最近、2,3,時間待たされても、怒りさえ消えたのです。心が変化したのですね、【笑】
>そのお子さんの教育にも力を入れられたものと偲ばれます。
今考えても近隣のみんなからも尊敬される、廻を包み込む人でしたね、今でも命日には皆、涙して、偲んで居ります。
>比国では『運』も大きな要素だと思われます。
比国内では取り巻きが多すぎて、自分を興す為、疎遠を求め、米国に活路を求め、移住をする人も、
多く、叔父なども同じですが、歳老いて、来ると、また此の環境を求め帰国するのです。
人生はお金だけでは無いと云う事なのでしょうね、【笑】
>生活を支える責任がないからより一層良いですね・・・(笑
こう云った無責任の親が多いのですが、大家族が育てますからね、【笑】
日本の生活環境と比べ違うのは、何処に行っても、子供の多さですね、しかも貧乏でも、明るいのです。【笑】
>比国での長時間待たされる経験は嘗てタレントオーデションで何度も経験してます
一分一秒を争う日本の生活から見たら、天地の差があります。今は約束を反故にされても、平気になりました。
慣れとは
恐ろしいですね、【笑】
しんチャン・今日は、
>世界中で100年あまりの観測史上高気温をうちだしているようですから日本の暑さは仕方ないですね(涙
此の儘どんどん温暖化が進むのでしょうね、私は人類が地球を虐め過ぎた事も大きな一因で有ると、思って居ります。
>東京は一週間で8800名強が熱中症で搬送されているようです。
わぁ~そんなにですか、大阪で倒れ、夢うつつの時見た。シンチャンの顔を思い出そうとしているのですが、
あの時はまだ意識が朦朧としていたのですね、
彼の折は有難う御座いました。
>やはり日本の通院は4月と10月に変更してもらった方がよいですよ!
本来はフィリピンに転院すべきですが、今一、自信が無いのです。あの日の悪夢が有るから、今回大阪の病院で、
4月と、10月の日本の一番好う時期になるよう、医師と相談して参んります。
しんチャンのミナミにも、行けるようにね、【笑】
アハハハ、何度お聞きしても面白いお話ですね。
病院に限らず、お金を払うような場所から「来て」と言われたら、「金もって来て」と理解しなければなりませんね、プッ。
以前、ダニエルさんに露天風呂を勧めましたが、ダニエルさんは下のバハイクボの人達の水運びを見ていると、とてもそんな気になれないと言われましたが、20本入りのタバコが千円で発売されたんですね。
タバコ一箱が千円と聞いて、オブンジョさんが草むしりをする姿が浮かびましたよ。考えさせられました。
昨日の女子サッカーはつまらなかったです。観て損をしました。もう応援をやめます。
>一番気になって居た事は健康問題ですネ。
私は全く考えていませんでした。今は考えずに、いられません。【笑】
>フィリピンは医療費が高いと聞いて居たので、なるべく避けなければと思って居ました。
治療の為、土地や家を手放し、貧乏になった話しはそこら中から聞こえて来ます。
>だって、熱いの苦手ですから....(笑)
私も寒いのは嫌いですが、暑いのも限度が有りますね、この時期の日本から、南国に逃げ帰る何てね、【笑】
>なんと!成人病のオンパレード結果でした。(笑)
私は猫の祟りと云はれ、大阪の人間ドックでの検査でしたが、此処は貴方の来る所でなく、健康な人が健康状態を検査に来る所だと、追い返されました。あの時全部検査していないので、残りの検査代を返せ!、今思い出しました。【笑】
>あっ!ダニエルさんの奥様には、全然関係無い話でした。(爆)
外国人には好ましい法改正ですね、残念ながら、投票用紙も来ますからね、【笑】
コージさん・今日は、
何事も無くお着きになり良かったですね、さぞかし寝心地のよさを、満喫された事でしょうね、南国よりも暑い国から好くお出でくださいました。お帰りなさいでしたね、【笑】
>その分ネットは遅い遅い(笑)。
もう動画の止まらない日本が懐かしいですか、【笑】
>本日(五年前)の記事ですが確信犯?かと疑ってしまいます
悪意は無いですね、申し訳無かったので、帰って下さいといわれたのですが、折角来たのに、帰る事は出来なかったのです。その後、決別するのに至った心、次回話しますね、【笑】
>七時間もよく我慢しましたね、私ならとっくに帰っています、黙って。あっ、
あの時は根比べ意地でしたね、その後2時間待ちは常識の此の国で、怒りもなく、平常心で待てる心が持てました。好い経験だったのかも知れません。
もうじき此の男を見てくださいね、でも日記の事は内密に、【笑】