いい天気ですねえ。
ここでひとつ、苦笑いするような馬鹿な体験談を思い出したので可笑しな昔話でもしましょうか。
これは私が小学生の頃、遠くに住む親戚の家を訪れるために高速バスで移動していた道中での、愚かな話です。
昔々、それは結構昔です。
まだ世の中のからくりにたいして右も左も
わからなかった程度の昔の話です。
私は第一次成長期の背丈が伸びて柱の記録を次々と更新していってる頃、既にその頃から
世の中金が全てだと思ってました。
理由は駄菓子がたくさん買えるから。
ええ、それはそれは大層可愛くない餓鬼でした。
金さえあれば駄菓子王国を作れるんです。
金に囲まれて駄菓子で家でも作ろうとしてたんですかね。
馬鹿馬鹿しい限りですが当時は本気でした。
ある日、餓鬼は夏休みに遠くの親戚の家に遊びにいくことが決まったそうです。
世の中を舐めながら相変わらずのうのうと生きていた真夏の夜、祖母について行きながらある一本の夜行バスに乗りました。遠くの親戚の家は、遥々北にあります。
何だかとても遠いところらしい。たくさん時間をかけて移動しないといけないらしいそうでして。色々なものに乗ったはずです。
嗚呼つまらない、とただ一言思いました。
夜行バスでは静かにしていないといけないらしいからゲームも出来ない。
暗いから漫画も読めない。辛うじて月明かりで読めるのはありふれた大きな擬音表現のみ。
餓鬼は自分より背丈の大きい大人より時間の進みが遅く感じるので、お尻が痛くなる拷問でもされてるような気分でした。
兎に角暇になるとグズっていたずらをする年頃です。
夜行バスはつまらない。どうにかならないのか。
怒りの沸点に温度計が差し迫っていたその時。
同行していた祖母が機転を利かせたのでしょう。
私にあるものを渡してくれました。
小さなカエルの鉄塊。それは世間一般で言うところのお守りというものでした。
人差し指の第一関節にも満たないくらいの小さな小さなちびガエルです。
なんだこれは。
流石にこんなもので喜ぶ年ではないと生意気な餓鬼は祖母に対して肩を透かし鼻で笑います。
孫への慈悲に溢れた祖母は餓鬼に語りかけました。
このカエルをお財布の中に入れておけばね、ご利益があってお金がたまると言われてる御守りなの。
伊達ちゃんにあげるね。
お小遣い貯まるといいね。
え?
なんて夢のような話でしょう。
怒りの温度計がひたすら下がって一転。
餓鬼はその上手い話を聞いた途端にカエルにかじりつくようにブツを見つめます。
餓鬼は成長途中のおぼつかない指でつまみながらカエルを駒のようにくるくると動かし、そのカエルと目が合いました。
小さなカエルに相応しい、つぶらな瞳です。
なるほど、阿呆な顔をしているこいつが私の財布を潤してくれるんだな。
そこで餓鬼は良いことを思い付いたようです。
石油王にでもなったつもりでしょうか。
流石は生粋の馬鹿一本道を生きる餓鬼。ただひたすらに馬鹿という言葉が似合います。
それは、夜行バスの中でカエルのお守りを忍ばせた財布を抱き締めて寝れば、
翌朝財布が札束まみれになって複数人の諭吉と目が合うと確信した計画を思い付いたようでした。
ええ、馬鹿なんですよこいつは。
物理的にお金が増えると勘違いしたようです。一体普段から何を食えばそういう思考になるのでしょうか。
駄菓子ばかり食っていた仇か否か。
ともあれ、
ご利益だご縁だという概念すらわからない強欲な餓鬼は、これこそが胆略的な思考であると勘違いしたようですね。
カエルのお守りを入れたその財布をとっても大事に、はじめての我が子のように抱き締めて一夜を過ごしました。
正確に言えば楽しみすぎて眠れなかったのか、ほぼ起きてましたがね。
翌朝7時過ぎ。夜行バス特有の少し色褪せた古びた分厚いカーテン越しから日の光が差してきてました。
祖母も乗り換えの準備に合わせて起きます。
愚鈍な思考にまみれた哀れな餓鬼は石油王になった証拠を祖母に見せつけてやろうと思いました。
さあ、マジックテープの扉をバリバリ開いて、ついでにカエルさんの寝室であるチャックも開けましょう。
カエルさんおはようございます。お財布暖めておきましたが眠れましたか?
私と何人の諭吉さんが挨拶してくれるのでしょうかね。うふふ。
ふふふ。
あれ?
昨日寝る前と同じ、それどころか出発前と同じ渡されたお小遣い、1500円。
あ、夏目さん。おはようございます。
諭吉さん知りませんか?
あれ?
状況が飲み込めない。
裏切られた餓鬼は憤怒しました。
何故、何故なのかと、絶望に染まった餓鬼はひたすら泣きながら祖母に問いかけます。
欲にまみれ悔し涙を流す愚かな餓鬼にたいしても祖母はひたすら慈悲と光、愛に溢れていました。
そして、放たれた言葉。
お金が増えるっていうのは、そういう意味じゃないの。ごめんね。
その一言が、餓鬼、いや当時の私を正気に戻させ、再び奈落の底に落としたのです。
突然、笑顔で崖から突き落とされたような感覚でした。
物理的に増えるわけではない。ご縁が巡りめぐってこちらにお金が行きつく金運の御守りというものでした。
銭製造マシーンではないそうです。
私は我に帰りました。
私はいったい何のために必死で財布を暖め起きていたのだと。
自分が行ってきた行為の無意味さに気づいた背後からの特有の虚無感が背中を優しく撫でてくれました。
おや次の乗り物に乗り換えのようです。残念残念。
餓鬼は
世の中ってそんなに甘くないんだ と、
しょっぱい味とつぶらな金色のカエルとともに悲しくバリバリと鳴きわめくキティちゃんの財布を握りしめて親戚の家に足取りを重くさせながら赴いたとさ。
めでたしめでたし。
親戚の家遠かったなあ~