月猫の日常

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対人恐怖症とコミュ症

2021-03-06 16:44:44 | 日記

 本日二回目の更新になりますが二回目にして真面目なお話をしたいと思います。というのも個人的なお話になってしまって申し訳ないのですが、今回は対人恐怖症とコミュ症の事について自分の場合ですがお話させて頂きたいと思います。

 

 まず対人恐怖症の事についてですが私が対人恐怖症になったのは数年前の事でした。授業を受けている時にプレゼンをしないといけなくて皆の前に立った際に、急に視線が怖くなって話すのに抵抗してしまい固まってしまい怖いと思う様になってしまい、気が付けば涙が零れていて先生がフォローを入れてくれたのですが結局発表出来ないまま終わってしまいました。その日からやたらと他の皆の視線や色んな人の視線が怖くなり、基本的に下を向いて歩くようにもなり話す人も本当に心を開いている友達でしか無理になってしまい、授業が始まる前の席取りもなるべく後ろの席に座って自分の席には誰も座らない様な席を敢えて選んでいました。その様な日々が毎日続いていて辛い日々だったので母親に相談して近くの精神科に相談した所、対人恐怖症だという事が判明しました。それからの学生生活では仲の良い先生には自分の症状の事を話して、事情を理解して頂けるようにお願いしています。今現在でも対人恐怖症の症状は治る事は無くやはりどうしても人と話す事が怖くて視線が気になってしまって、どうしても自ら話し掛けに行くとか自ら行動するとかも苦手になってしまって正直苦しいですが何とか対策を探しています。

 

 次にコミュ症の事についてですがこれに関しては私が中学生の頃からでした。中学生の頃私がいつも通り友達と話していた時に、意見を求められる事が多かったんですがその時に私の心の中でいつも浮かぶのは「どうせ自分の意見を言っても受け入れてもらえない。」「自分の意見が間違っていて誤解を招いたらどうしよう。」という考えだった事もあり、なるべく意見は言わないで回りに同調する様にしていたのが発端でした。それを何度も繰り返す内に授業で先生に指名されて意見をいう時に、自分のノートに書いてある事を言えばよかったのに言えなくて恐らく先生からしたら印象は良くなかったのではと今になって思います。なので今も現在進行形で自分の意見は言わず他の人の意見に同調する様な感じで、自分の意見は言わずにそっと心の中にとどめています。その悪影響なのか意見を言わないといけない場面で時間を設けられても、中々自分の意見というのが出てこずにいるので私のせいで回りの方にご迷惑をかけているという最悪な状態にまでなってしまいました。

 

 対人恐怖症とコミュ症という症状を抱えてはいますが、それでもどうにかしないと将来社会で生きていけないと考えた私は地元で偶々出会った友達に勇気を出して挨拶したり当たり前の事ですが困っている人が居たら助けるという行動をして、自分自身に自信をつける練習をしています。このブログを読んでいてくださっている方の中にはもしかしたら同じ対人恐怖症やコミュ症で悩んでいる方もいらっしゃると思いますが、きっと克服できるチャンスがあると思いますので私も頑張りますので少しずつ自分に出来る事から頑張ってみませんか?



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