ようやく書けた。
色んな設定で書いて、落ち着いたのがこれ。
やや長めです。
「4月1日付けで入社しました高橋敦です。よろしくお願いします」
今日から、途中入社の男の人が配属になった。
しかも、私の隣の席。
これから、営業の仕事で二人一組で廻る。
私は彼の、この職場に馴染むためのリード役という訳だ。
目の前で挨拶してくれた彼は、28歳と言われても信じがたいくらい、若く見えた。
場合によっては、大学生に見えるかも。
黙っていると、スーツを着てきたバイトのようだ。
銀縁のメガネのせいもあるのかもしれない。
口数も少なそうで、大人しそうで、控えめそうな…
そう、ばっかりで、本当の所は分からないけれど。
でも、初対面で打ち解けるのが苦手な私には、ちょうどいいかもしれない。
それにしても。
なぜ、私と組ませるのかな。
5歳も歳上で、ややこしいことにはならないと思われたから?
まさか、私の営業成績が買われた?
いや、それはないな。
文具の営業は好きではある。
でも、好きすぎてついマニアックなものを、売り込んでしまう。
それに乗ってくれる客先ばかりだったら、いいんだろうけど。
そろそろ、外廻りの時間だ。
初対面の人と外廻りって、ハードル高いけどとにかくやってみなければ。
彼が、隣の席に荷物を持ってやって来た。
紙袋に入った細かい物…見たところ、ノートやらファイルやらペンケースやらが、入ってるみたいだ。
デスクに紙袋をトン、と置いて、やおら私の方にくるっと身体を向ける。
椅子に座って様子を伺っていた私は、思わずビクッと、してしまった。
「小山さん」
「あっはいっ」
慌てて彼の方へ向き直る。
何で私の方が慌てているのか…
彼は落ち着きはらっているのに。
「今日から、よろしくお願いします。何かダメ出しがあったら、言ってください」
「あ、わかりました。こちらこそよろしくお願いします。それと、高橋くんて呼んでいいですか?」
私も挨拶を返すと、大人しそうな真面目顔がほんの一瞬緩んで、人懐こい笑顔になった。
「もちろんです」
あ、もうひとつ人懐こそう、が加わった。
「じゃあ、仕度出来たら行きましょうか」
「はい」
外廻りでの彼は、大人しい訳でもなくかと言って饒舌すぎもせず。
絶妙なバランスだった。
ここぞという時にはちゃんと押せるし、しつこくなく引くのも早い。
そして、肝心な所でさっき見た人懐こそうな笑顔が出るのだ。
これは…私よりよっぽど優秀な営業マンじゃないか。
客先で盛んにメモを取ったり、言われたことの飲み込みがものすごく早かったり。
どうしても自分の好みばかり売りこんでしまう私より、真っ当な営業だった。
ちょっと遅めの昼食を、蕎麦屋で取ったとき。
高橋くんに、率直な評価を伝えた。
「あの、ちょっといいですか?」
湯気が立っている天ぷらそばを前に、彼が神妙な顔つきで、持った箸を一旦置いた。
「なんでしょうか」
「ダメ出しして欲しいって言われましたけど、ダメなとこなんて、ありません」
「え?」
「どっちかって言ったら、私の方がダメ出しされるくらいです」
「そんな、小山さんにダメ出しとか、やめて下さい。褒められてありがたいけど…なんか恥ずかしいです」
あれ?今度はふにゃって笑った。
しまった。
自分まで釣られてふにゃっとした顔になってしまった。
急いで、真顔に戻す。
気づかれなかっただろうか、私の腑抜けた顔を。
「とにかく、文具の営業ってことに慣れて貰えば、特に問題ありませんよ。」
「ありがとうございます」
「じゃ、食べちゃいましょう」
「はい」
もう、しれっと普段の穏やかな普通の顔。
さっきのふにゃっとした顔は、何だったのか。
それから、午前中は高橋くんと外廻り、午後に戻ってからは事務仕事の毎日。
彼はどんどん文具関係の客先に慣れて行き、お客さんの方でも、細かく目端が効く彼を好ましく思ってくれているようだった。
一緒に外廻りをしながら、彼とよく喋った。
主に私からで世間話ばかりだけれど。
彼は、尋ねれば答えるけれど、自分のことをそんなに話さない。
私のことも、そこまで詮索しない。
でも、客先であったこととか、途中お昼を取るお店はどこがいいとか、最新のオシャレステーショナリーとか。
そんなことには、突っ込んでくれたり知識を披露してくれたり、喜んで乗ってくれた。
午後まで外廻りをしていて、疲れてコーヒーを飲んだりもした。
そんな時も、疲れてボーッとしてしまう私を、放っておいてくれる。
そんな日々が続いて、5月の半ばが過ぎた。
ある日の仕事帰り、先輩の岩田さんと会社近くのカフェで食事をした。
岩田さんは、5つ上の先輩。
気が合って話していると楽しくて、たまにご飯を食べたりお茶したり。
先輩だけれど、気のおけない友達でもあるのだ。
カフェの奥の席に座ると、岩田さんはひよこ豆と野菜のカレー、私はバターチキンカレーを頼んだ。
シーフードサラダをシェアして、二人でビールを飲む。
「美樹ちゃん、ここいいね。カジュアルで居心地が良くて。こういうお店、好きだな」
そのカフェは、パリのカフェみたいにテラス席のある、シンプルだけどお洒落なお店。
テラス席には、幌のような赤い屋根があって、テーブルも椅子も内装も焦げ茶色。
そして、内装のアクセントには赤が使われていて、テーブルクロスも赤。
洒落てるけど居心地のいい、お気に入りの店なんだ。
「ここ、よく来るの?」
「う~ん、たまにお昼に来ますね」
「お昼って…高橋くんと?」
「外廻り中に、たまに…実はここ、高橋くんに教わったんです」
「え~意外…なんだか女子っぽいなあ。彼女と来るとか?」
「1人で来て、ご飯食べますって言ってましたよ」
「1人で…彼は彼女いないのかな」
「さあ…」
高橋くんに、彼女がいるかなんて考えた事もなかった。
ここに初めて入ったとき、居心地いい店だねって言ったら、小山さんが気に入るかなと思って、と言われたんだった。
そんな風に言うなら、きっと彼女はいないのかも知れないな。
まあ、どうでもいいことだよね。
大満足で食べ終えて、ゆっくりコーヒーを飲んでいる時。
岩田さんが、わたしの顔を覗きこんで言った。
「美樹ちゃん、今日はいつもの愚痴話がないね」
「愚痴、ですか」
「そう、こんな風にご飯食べてると、あんな失敗しちゃった、こんなミスしちゃいましたって、自虐トークしてたじゃない」
「…そうだったかな」
そう言われてみれば。
1日のが終わると、電車に乗りながらいつもその日にあったことを、思い返してしまってた。
それが、あれがダメだった、これがダメだったって言う、ダメなとこばかり。
電車に揺られながら、ガックリする毎日だったんだ。
「結構…て言うよりかなり、高橋くんにカバーして貰ってるからかも。最近、あんまりやらかしてないんです」
「それは、仕事の相性がいいからじゃないの。お互いにカバーし合ってるんだよ。良かったね、高橋くんと組んで。それに、美樹ちゃん、自分で言うほどやらかしてないでしょ。思い込みだよ」
「思い込み…」
「そうそう、すぐ自分のせいにしちゃうんだから。そんなことないのにね」
「そうかな…そうだったらいいんですけど…」
「大丈夫、大丈夫。私が言うんだから」
「なんか…岩田さん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
岩田さんと別れてから、思い出していた。
仕事の相性とか、やらかしてる思い込みとか。
私、そんなに自虐的かな…
自覚なかったのかな。
とにかく、高橋くんと相性がいいと言われたのは嬉しかった。
なかなか、そういう人っていないものだから。
そこまで考えたら、あの生真面目な顔からの人懐こい笑顔が浮かんだ。
きっと、私がのほほんとしていられるくらい、彼が気を使ってくれてるんだろう。
彼にとっては負担な気遣いかもしれないけれど。
私には申し訳ないくらいありがたい人だ。
駅に向かいながら、知らず知らず頬が緩んでいた。
色んな設定で書いて、落ち着いたのがこれ。
やや長めです。
「4月1日付けで入社しました高橋敦です。よろしくお願いします」
今日から、途中入社の男の人が配属になった。
しかも、私の隣の席。
これから、営業の仕事で二人一組で廻る。
私は彼の、この職場に馴染むためのリード役という訳だ。
目の前で挨拶してくれた彼は、28歳と言われても信じがたいくらい、若く見えた。
場合によっては、大学生に見えるかも。
黙っていると、スーツを着てきたバイトのようだ。
銀縁のメガネのせいもあるのかもしれない。
口数も少なそうで、大人しそうで、控えめそうな…
そう、ばっかりで、本当の所は分からないけれど。
でも、初対面で打ち解けるのが苦手な私には、ちょうどいいかもしれない。
それにしても。
なぜ、私と組ませるのかな。
5歳も歳上で、ややこしいことにはならないと思われたから?
まさか、私の営業成績が買われた?
いや、それはないな。
文具の営業は好きではある。
でも、好きすぎてついマニアックなものを、売り込んでしまう。
それに乗ってくれる客先ばかりだったら、いいんだろうけど。
そろそろ、外廻りの時間だ。
初対面の人と外廻りって、ハードル高いけどとにかくやってみなければ。
彼が、隣の席に荷物を持ってやって来た。
紙袋に入った細かい物…見たところ、ノートやらファイルやらペンケースやらが、入ってるみたいだ。
デスクに紙袋をトン、と置いて、やおら私の方にくるっと身体を向ける。
椅子に座って様子を伺っていた私は、思わずビクッと、してしまった。
「小山さん」
「あっはいっ」
慌てて彼の方へ向き直る。
何で私の方が慌てているのか…
彼は落ち着きはらっているのに。
「今日から、よろしくお願いします。何かダメ出しがあったら、言ってください」
「あ、わかりました。こちらこそよろしくお願いします。それと、高橋くんて呼んでいいですか?」
私も挨拶を返すと、大人しそうな真面目顔がほんの一瞬緩んで、人懐こい笑顔になった。
「もちろんです」
あ、もうひとつ人懐こそう、が加わった。
「じゃあ、仕度出来たら行きましょうか」
「はい」
外廻りでの彼は、大人しい訳でもなくかと言って饒舌すぎもせず。
絶妙なバランスだった。
ここぞという時にはちゃんと押せるし、しつこくなく引くのも早い。
そして、肝心な所でさっき見た人懐こそうな笑顔が出るのだ。
これは…私よりよっぽど優秀な営業マンじゃないか。
客先で盛んにメモを取ったり、言われたことの飲み込みがものすごく早かったり。
どうしても自分の好みばかり売りこんでしまう私より、真っ当な営業だった。
ちょっと遅めの昼食を、蕎麦屋で取ったとき。
高橋くんに、率直な評価を伝えた。
「あの、ちょっといいですか?」
湯気が立っている天ぷらそばを前に、彼が神妙な顔つきで、持った箸を一旦置いた。
「なんでしょうか」
「ダメ出しして欲しいって言われましたけど、ダメなとこなんて、ありません」
「え?」
「どっちかって言ったら、私の方がダメ出しされるくらいです」
「そんな、小山さんにダメ出しとか、やめて下さい。褒められてありがたいけど…なんか恥ずかしいです」
あれ?今度はふにゃって笑った。
しまった。
自分まで釣られてふにゃっとした顔になってしまった。
急いで、真顔に戻す。
気づかれなかっただろうか、私の腑抜けた顔を。
「とにかく、文具の営業ってことに慣れて貰えば、特に問題ありませんよ。」
「ありがとうございます」
「じゃ、食べちゃいましょう」
「はい」
もう、しれっと普段の穏やかな普通の顔。
さっきのふにゃっとした顔は、何だったのか。
それから、午前中は高橋くんと外廻り、午後に戻ってからは事務仕事の毎日。
彼はどんどん文具関係の客先に慣れて行き、お客さんの方でも、細かく目端が効く彼を好ましく思ってくれているようだった。
一緒に外廻りをしながら、彼とよく喋った。
主に私からで世間話ばかりだけれど。
彼は、尋ねれば答えるけれど、自分のことをそんなに話さない。
私のことも、そこまで詮索しない。
でも、客先であったこととか、途中お昼を取るお店はどこがいいとか、最新のオシャレステーショナリーとか。
そんなことには、突っ込んでくれたり知識を披露してくれたり、喜んで乗ってくれた。
午後まで外廻りをしていて、疲れてコーヒーを飲んだりもした。
そんな時も、疲れてボーッとしてしまう私を、放っておいてくれる。
そんな日々が続いて、5月の半ばが過ぎた。
ある日の仕事帰り、先輩の岩田さんと会社近くのカフェで食事をした。
岩田さんは、5つ上の先輩。
気が合って話していると楽しくて、たまにご飯を食べたりお茶したり。
先輩だけれど、気のおけない友達でもあるのだ。
カフェの奥の席に座ると、岩田さんはひよこ豆と野菜のカレー、私はバターチキンカレーを頼んだ。
シーフードサラダをシェアして、二人でビールを飲む。
「美樹ちゃん、ここいいね。カジュアルで居心地が良くて。こういうお店、好きだな」
そのカフェは、パリのカフェみたいにテラス席のある、シンプルだけどお洒落なお店。
テラス席には、幌のような赤い屋根があって、テーブルも椅子も内装も焦げ茶色。
そして、内装のアクセントには赤が使われていて、テーブルクロスも赤。
洒落てるけど居心地のいい、お気に入りの店なんだ。
「ここ、よく来るの?」
「う~ん、たまにお昼に来ますね」
「お昼って…高橋くんと?」
「外廻り中に、たまに…実はここ、高橋くんに教わったんです」
「え~意外…なんだか女子っぽいなあ。彼女と来るとか?」
「1人で来て、ご飯食べますって言ってましたよ」
「1人で…彼は彼女いないのかな」
「さあ…」
高橋くんに、彼女がいるかなんて考えた事もなかった。
ここに初めて入ったとき、居心地いい店だねって言ったら、小山さんが気に入るかなと思って、と言われたんだった。
そんな風に言うなら、きっと彼女はいないのかも知れないな。
まあ、どうでもいいことだよね。
大満足で食べ終えて、ゆっくりコーヒーを飲んでいる時。
岩田さんが、わたしの顔を覗きこんで言った。
「美樹ちゃん、今日はいつもの愚痴話がないね」
「愚痴、ですか」
「そう、こんな風にご飯食べてると、あんな失敗しちゃった、こんなミスしちゃいましたって、自虐トークしてたじゃない」
「…そうだったかな」
そう言われてみれば。
1日のが終わると、電車に乗りながらいつもその日にあったことを、思い返してしまってた。
それが、あれがダメだった、これがダメだったって言う、ダメなとこばかり。
電車に揺られながら、ガックリする毎日だったんだ。
「結構…て言うよりかなり、高橋くんにカバーして貰ってるからかも。最近、あんまりやらかしてないんです」
「それは、仕事の相性がいいからじゃないの。お互いにカバーし合ってるんだよ。良かったね、高橋くんと組んで。それに、美樹ちゃん、自分で言うほどやらかしてないでしょ。思い込みだよ」
「思い込み…」
「そうそう、すぐ自分のせいにしちゃうんだから。そんなことないのにね」
「そうかな…そうだったらいいんですけど…」
「大丈夫、大丈夫。私が言うんだから」
「なんか…岩田さん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
岩田さんと別れてから、思い出していた。
仕事の相性とか、やらかしてる思い込みとか。
私、そんなに自虐的かな…
自覚なかったのかな。
とにかく、高橋くんと相性がいいと言われたのは嬉しかった。
なかなか、そういう人っていないものだから。
そこまで考えたら、あの生真面目な顔からの人懐こい笑顔が浮かんだ。
きっと、私がのほほんとしていられるくらい、彼が気を使ってくれてるんだろう。
彼にとっては負担な気遣いかもしれないけれど。
私には申し訳ないくらいありがたい人だ。
駅に向かいながら、知らず知らず頬が緩んでいた。