髪を乾かしてTシャツに着替えた駿に、淹れたてのコーヒーを渡した。
「Tシャツだけで、寒くない?」
「寒くないよ、さっぱりした。ありがとう」
まあまあ片付いているリビングで、ソファに並んで座った。
「誰かと、付き合ったでしょ、5年もたつんだもの」
話すことが思い浮かばなくて、なんとなく聞いてしまった。
駿が誰かと付き合ったか。
知りたいけど、知りたくないこと。
でも、聞きたいことだった。
「うん、まあね…職場の後輩と…でも、長続きしなかった。」
「そう…なんだか意外」
「口うるさいって言われたよ、注文が多いって」
「注文が多いの?あなたって、そんなだったっけ?」
「そんなつもり、無かったんだけどな。でも、まゆみさんと付き合ってた時は、何も言わなくても俺の好きなようにしてくれてたから…」
「そうだったね…」
あなたが、私に教え込んだじゃない。
俺はこれが、好きって。
どんなことだって。
「まゆみさんだって、彼氏の1人や2人いたでしょう」
「まあ、いたけど…一応、2年くらい付き合った人は」
「2年…」
「あっさりした人でね、このくらいがちょうどいいかなって思ったんだけど」
「あっさりって、どんな?」
「う~ん…1週間に1回くらい連絡してきて、結局会わなかったりとか…仕事が忙しかったから、しようがなかったんだけど」
「その彼とはどうして…?」
「転勤で海外に行っちゃった」
「海外!?付いて行かなかったの」
「海外なんて行きたくないわよ、付いてきてとも言われなかったし。それで、そのまま」
「ねっあっさりしてるでしょ」
横を見ると、駿が少し呆れた表情を見せていた。
「ねえ、まゆみさんも俺も、なんでこんな話してるの。お互いの終わった恋愛話なんて、そんな興味ある?」
「あなただって聞いて来たじゃない」
「そうだけど…ねえ、もう戻れないのかな」
「戻るって…」
「また、前みたいにってことだよ。」
横に座る私に体全部を向けて、じっと目を見て訴えてくる。
私は駿の、この目に弱いのだ。
「だって…もう別れて5年もたつのに。いまさら戻るって」
「別れた理由を、さっき教えてくれたよね?嫌いになったわけじゃないって」
「ああ…そうね、その話したものね」
「だったら…」
「でも…」
「そんな、迷うなんて何か問題でもあるの?俺ももう28だし、そんな子供でもないつもりなのに」
不満そうな駿に、どう言ったらいいのか。
「たぶん私、またあなたの周りにいる女の子に、嫉妬する。職場の人だって分かっても」
「嫉妬してくれるのは…嫌いじゃない」
「今どこにいるのとか、なにしてたのとか、今から会いたいとか、詮索したりするかも」
「そういうこと聞かれるの、全然イヤじゃない。それに、都合が悪いときは、ちゃんとごめんって言うから。嫉妬されて詮索されて、それで嫌いになったりしないよ」
「一緒にいたらベタベタしたがるから鬱陶しいし…私、きっとあなたを縛りたがる」
だから…と続けようとしたら、駿がにぎっていた手に力を込めた。
「まゆみさんにベタベタされるなら、大好物だし大丈夫。それに」
「それに?」
「二人とも一緒にいたいなら、色んなことちゃんと話して、ちゃんと納得して行けば大丈夫だよ。イヤだと思うこととか、気になることがあったら、ちゃんと言い合えばいいんだし。俺はまゆみさんに縛られるなら嫌じゃないよ」
手を取ったまま、私の言葉を塞ぐように次々に駿が言葉を放つ。
もう、続くものがなくて黙ってしまった私を、駿がそっと包んだ。
耳元に唇を寄せて、
「もう、何も言わないで。一緒にいたいってこと、分かって。何の問題もないよ。また離れて後悔したくないんだよ」
あぁ、ダメだ。
もう逃げていられない。
どんな理由も不安も、駿に塞がれた。
きっと、こうなることは決まっていたんだ。
「…私も駿の側にいたい」
小さな声でだけど、ようやく口に出せた。
そしたら、抱き締めてる駿の手が、ぎゅっと強くなった。
「やっと、つかまえた…」
「つかまえた…?」
「まゆみさんが俺の前からいなくなった時は、すごく後悔したんだ。手放さなければ良かったって」
「まゆみさんは俺の大事な彼女なのに…だから、戻ってきてくれるのを待ってた」
「また、俺の腕の中に戻ってくれて、嬉しい…もう、俺から逃げないでね」
思い出した…
駿の優しさや愛情は、私をがんじがらめにして動けなくすることを。
私は、5年前にそれからも逃げたんだった。
今また、駿の手が背中にまわされ、甘い言葉を聞かされ…
気づけば見えない細いロープで、駿が私を緩く縛る。
「まゆみさん」と、甘い声をかけながら。
一瞬恐くなったけれど。
今は駿の腕の中が居心地がいいから、しばらくは甘く甘く縛られるのも、悪くない。
そのうちまた、逃げ出したくなるかもしれないけど…
それとももう、逃げ出せないのかな。
ぎゅうっと抱き締められてドクン、と鼓動が速まった。