居酒屋の前で、金子と奥山と別れた。
商店街で買い物したいと先に出た中野が、数軒先の雑貨屋の前で手をひらひらさせてる。
「待たせてごめん」
「ううん、買い物出来て助かったよ」
商店街を、しばらく駅の反対方向へ歩く。
10分ほど歩いた商店街の切れ目に、その店はあった。
「珈琲屋…?初めて見た。こんなお店ここにあったっけ?」
看板を見つめながら、中野が不思議そうに言った。
「あったみたいだけど…俺も最近気づいたんだ」
アンティークな木の扉を開けると、濃いコーヒーの香りにつつまれる。
店内を見回してから、奥のソファの席に落ち着いた。
落ち着いたけど…
頭の中は落ち着くどころじゃなくて、フル回転していた。
どうする。
どのタイミングで言う?
今か?
コーヒーが来たら?
それとも…
「三島くん」
考え込んでいて、気づかなかった中野の表情。
名前を呼ばれて顔を見て、ハッとした。
俺をじっと見てる中野の目。
頬が少し赤く染まって、見開いた瞳は潤んでいて。
店の照明の加減なのか、潤んだ瞳にきらっと光が差す。
あれ…?
中野のこんな顔、どこかで見た気がする…
思い出したくて明後日の方向を見たら、マスターがコーヒーを淹れていた。
「あ…」
思い出した。
ハマったバンドマンを、
カフェの店長を、
そして萩原さんを、こんな風に見つめてた。
目がハートだ…
てことは、もしかしたら?
「ねえ、三島くんてば」
「あ、ごめん…どうした?」
「うん…ちょっと…話があるんだ」
え?ほんとにこれは、もしかして?
「話?改まって何?」
「…あの、三島くんに伝えたいことがあって。私、」
「ちょっと待って!」
「え?」
ダメだ。
もしかしてでもそうじゃなくても。
タイミングなんか待ってる場合じゃない。
せっかく告白する気になったんだ。
俺から言わせてくれ。
「中野、俺も話があるんだけど」
「…そうなの。でも、」
「ごめん、俺に先に言わせて」
「えっ」
「俺の好きな人は、、中野なんだ!」
テーブルに両手を置いて、身を乗り出して、言い切った。
言った途端、目を瞑ってしまったけど。
「うそ…」
中野の呟きで目を開けた。
目の前で、最大級のビックリ顔をして、中野が固まっていた。
「いや、うそじゃない」
「…だって、そんな素振り全然見せてくれなかった」
「…それは…」
10分後。
「…だから、自覚したと思ったら本命チョコの画像見せられたし」
「言うタイミングが無かったんだよ」
コーヒーが運ばれてから、全力で中野を宥めていた。
中野が、『狡い!私が先に言いたかったのに!』と、しばらくプリプリしていたからだ。
「私、三島くんのことが好きって分かったのに、好きな人がいるから諦めなきゃって思ったんだよ」
「…そっか」
「電話ででも、言ってくれたって…あの時なら、もう萩原さんとも別れてたし」
「…ごめん。言うなら直接顔を見て言いたかったから…」
「あ…そうなんだ…それはまあ…」
「それはまあ…なに?」
「…嬉しかった、けど…」
プリプリがおさまったら、少し顔を赤くしながら素直になる。
中野のこんな顔が可愛いくて、俺は好きになったんだ。
そんな中野に見とれてボーッとしてると、急に傍らのバッグを引き寄せて、何か小さな包みを手にしてる。
「あのね」
まだ頬を赤くしたまま、それを俺に差し出した。
「これ、受け取ってくれる?」
薄いピンクの包装紙に、赤いリボン。
よく見ると、包装紙には可愛らしいコーヒーカップが散らしてある。
「…ありがとう。これ、貰っていいの?」
急に何だろう…
受け取ったけれど、何のプレゼント?
クリスマスでもないし俺の誕生日でもない。
「三島くんにあげるために買ったんだから…どうぞ。今年になってから、商店街にチョコレートショップが出来たの」
「…それじゃあ、さっきの買い物って」
「うん。まだ開いてる時間ギリギリだった」
良かったーと言いながら、嬉しそうに笑ってる。
「中野からプレゼントなんて、嬉しいけど…どうした?今日何かの日だっけ?」
そう聞くと、少し照れた顔になった。
「今日、告白しようって思ったから、私にとってはバレンタインだなって思ったんだ…いいよね、ちょっと季節外れだけど」
「うん…ありがとう…」
中野が、目尻を下げてる俺をニッコニコで見つめる。
なんだこれ。
中学生か。
「なんか私たち、中学生みたい。もう、いい大人なのにね」
「いい大人が、私が先に言いたかったってふくれるか?」
「三島くんだって、俺に先に言わせてなんて、言ったくせに」
似たようなことを中野が口にするから、嬉しくなってまた目尻が下がる。
憎まれ口をきいていても、中野が可愛い。
俺の彼女なんだって思うと、つい緩んだ顔になってしまう。
俺は店の中を見渡すフリをして、カウンターの方を見た。
緩んだ口元を隠しながら。
三島くんが顔を見られないように、誤魔化してる。
でも、緩んだ口元がチラッと見えちゃってるの、気づいてない。
三島くんが彼なんだって思うと、嬉しくて嬉しくて。
きっと、私だって緩んだ顔になってる。
気が合う同期だと思ってた二人が、同じ気持ちだってようやく知った。
だから今日が私たちのバレンタインなんだ。
手を伸ばしてあったかい指に触れたら、伏せてた瞼を上げた彼にぎゅっと包まれた。