えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

ルーズロープ4

2018-05-03 22:10:39 | 書き物
家に来た駿は、もうオトナのふりはしてない、23の年相応の男の人。
でも、私から見たら笑顔が無邪気でなんでもストレートな、若い男の子、だった。
男の子、なんて本人には言わなかったけれど。

用意したワインに合う簡単な料理を、彼は喜んで食べてくれ、褒めてくれた。
「まゆみさん、これ美味しい!自分で考えたの?」
「適当なんだから、そんな褒めないでよ」
「適当でこんなの作れちゃうんだ。お店で出せそうなのに」
「それ、本気?それともリップサービス?」
「ひどいな、本気で褒めてるのに」
本気で褒めてる…ほんとかな。
でも、真面目な顔でそんなことを言われたら、やっぱり嬉しくて頬が緩む。
1つしかないソファに、横並びに座っていると、駿が顔を覗きこむようにして、話してくる。
そうやって私を見る度に、だんだん動悸が早くなった。
ワインを飲んでるからよ、って自分に言い聞かせて胸に手を当てた。
「それ、まゆみさんのくせ?時々するよね」
「え?なんのこと?」
「そうやって胸に手を当てて、ふうって息を吐くこと」
「たまたまじゃないの」
緊張した時のクセなんて、知られるのはイヤだから、誤魔化して俯いたまま髪を耳にかけた。



「たまたま、か」
一言で流してくれてちょっとホッとして、
「ワイン、もっと飲む?」
ボトルを手に持つと、
「ちょっと、酔ってきた」
そう言ってグラスを置いた。
さすがに飲み過ぎたのかと思ったら、今度はいたずらっ子の顔で足の先をツンツンしてきた。
裸足の駿の熱が、私に移る。
「もう~子供じゃないんだから…何するの」
嗜めたくせに、私もやり返す。
酔ってるのにそんなことしたから、バランスを崩してしまった。
グラッと揺れた身体を、両腕で掴まれる。
「…大丈夫?まゆみさんも酔っちゃった?」
掠れた声で言われ、背中に腕がまわる。
あ、と思った時には駿の胸の中におさまっていた。




駿の鼓動と、私の鼓動。
混ざりあって聞こえて、それでまたドキドキが増していく。
誰かにこんな風に触れられるって暖かくて、気持ちいいんだな…
今さら、そんなことを思った。
こんな温もりを感じるのは、久しぶりだったから。
駿の手が頬に伸びて、包まれる。
そのまま顔を上げられると、唇が触れた。





頭の上から、駿の声が聞こえる。
「…もっと、まゆみさんのことを知りたいって言ったら怒る?」
「怒らないけど…」
怒るなら、こんなことしてない。
でも…
「いいの?私、あなたより7歳も年上で…」
「そんなことは、関係ないよ。まゆみさんがいくつだって、俺がいくつだって…知りたいだけ…もっと」
…知りたいだけ…そうか、それでいいんだ。
私も、もっと駿を知りたい。
このまま、自分の思うまま受け入れればいいじゃない。
まだ、怯えて後退りする歳でもない。
顔を上げて、両手で駿の頬を挟んで鼻をつん、とくっつけた。
「私も、駿のこともっと知りたい」
「嬉しい」
駿がくしゃっとした笑顔になると、私の背中がソファにくっついた。







ルーズロープ3

2018-05-03 22:09:47 | 書き物
我にかえると、駿がじっと見ていた。
「初めて会った夜、タクシーで帰ったの覚えてる?」
「え?ああ、覚えてるわよ、送ってくれたよね」
思い出してたことを、いきなり言われてびっくりした。
見透かされてるなんて訳ないのに。
「あの時、初めて会って…キレイな大人のお姉さんって思ってた。」
キレイ…?褒められて嬉しいけど…
なんかこそばゆい。
もしかして、からかってる?
「でも、年下の女の子たちと盛り上がってたら…見えたんだ」
「…何が、見えたの?」
「キレイな大人のお姉さんが、全然楽しそうじゃないのが」
「なんでそんなこと、分かったのよ」
「そんなこと、ちゃんと見てれば分かったよ」
笑顔を作ってたはずなのに。
離れた場所で駿に見られていたなんて…
「だから、隣に来てくれたの」
「そうだよ。隣に座ったとき、驚いたまゆみさんの目に俺が映って…綺麗な目だなって。
やっぱり、キレイな大人のお姉さんだなって思ったよ」
「だから、あの時、自分もオトナの男でいないとって思ってたんだ」
「ちゃんと、オトナの男に見えたわよ。ほんとに7歳も年下?ってびっくりしたもの」
「そう見えてた?でも、タクシーの中で余裕でからかわれて、オトナに見えてないんだ!ってわかってくやしくてさ」
「そうなの?そんなに余裕があったわけでもなかったんだけど、ね」
「今そう言われてもね。あの時はなんだよ!って頭来たんだ」
…そんな風に見えなかったけど、あれ、やっぱり怒ってたんだ。
「頭来たから、コイツ落としてやる!って思ったんだ」
「だから、手を取ったり…」
「キスしたりしたのかって?そうだよ…でも」
「でも?」
「キスしたら女の子みたいで」
「えっ」
「寂しがりの女の子みたいで、可愛くて…」
「ちょっと待ってよ。寂しがりの女の子って、私そんなだった?」
「…そんなだったよ」
たぶん、私の顔は真っ赤。
駿は、そんな私の顔を真顔で覗きこむ。
「そんな気なかったのに…好きになっちゃった…それからずっと、好きだったんだ」
じっと見て、そんなこと言わないで。
駿の目が怖くなって、目を逸らせた。
私は、何を言えばいいの。
自分に自信がなくて駿のことも、信じられなかったのに。


タクシーの中で駿の頬に触れた私。
顔を赤くして目を逸らした駿。
でも、手だけは繋いだままだった。
私のマンションの前でタクシーを降りると、
「送ってくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう」
そこは、ちゃんとお礼を言わなきゃ。
若くてやんちゃな年下の彼が、頑張ってオトナのふりをして、私の相手をしてくれたんだもの。
見上げると、黙ったままじっと見つめて来る。
なんで、何も言ってくれないの。
「田中くんの…」
部屋はどっちって、聞こうと思った。
でも、人差し指で唇に触れてきて、
「…駿」
と、ひとこと呟いてから、駿の顔が近づいたから…
あ、キスされるんだ、と他人事のような言葉が頭に浮かんだ。
イヤだとか避けようとかまったく考えなくて、初めて会った駿からのキスを、受け入れてた。
ちゅっと可愛らしいリップ音。
唇が離れ、目を開けると腕が伸びてきて、駿の胸の中におさまり、見上げるとまた近づく唇。
駿のキスは暖かくて優しかった。
そっと腕の中に包まれて、やわらかい唇に触れられて、ゆっくり、ゆっくりほどけてゆく。
さっき、面白がってからかった相手だなんて、もう忘れていた。


唇が離れ、駿の胸元に顔を預けた。
駿の腕が、背中に回ってる。
初めてキスしたときみたいに、胸の鼓動が早くなっていて、伝わってたらどうしようと恥ずかしくなった。
「…まゆみさん」
頭の上で、声が聞こえる。
「俺、帰るね」
「あ、ごめん、、」
急いで駿から離れようすると、右手をぎゅっと掴まれた。
「また、ね」
そっと手を離し、にこっと笑顔を向けてから、歩いて行く。
また…?
あ、そういえば合コンの最中に、全員とメアド交換したんだった…

それから。
翌週に駿からメールがあったとき、差出人の名前を見ただけで、ドキッとした。
部屋にいってもいいかと聞かれ、ウチでご飯食べない?と誘う。
私…駿に会って、どうしたいんだろう。
自分に聞いてみるけど、分からない。
結婚するはずだった彼のいた場所か空いて、寂しかった。
何かで埋めたかったそこに、駿がするっとはいったみたいだ。
この先に進むかは、今は考えなくてもいいや。
どうなるかは、駿に会ってから決めればいい。
もう…今から緊張して、どうするの。
胸に当てていた手を下ろし、ほうっとため息をついた。








ルーズロープ2

2018-05-03 22:07:49 | 書き物
木のテーブルと椅子、間仕切り代わりのグリーン。
彼に連れていかれたのは、明るくてナチュラルな雰囲気のカフェ。
奥の席に案内されて、メニューを眺めようとする私に
「まゆみさん、カフェラテ好きだったよね」
と、聞いてくる。
「うん…覚えててくれたの」
「まあね…ここのはミルク多めで好きなのだと思うよ」
「…じゃあ、カフェラテにする」
私の返事に笑顔になった駿の顔。
優しくて少し怖かった笑顔。
もう、見ることもないと思ってた。



彼はブラック、私はカフェラテ。
飲み物を前にして、何を話せばいいのか考えてしまった。
私から告げた別れたいと言う言葉を、受け止めてくれた駿。
何も聞かないで、
「まゆみさんが言うなら」と、言ってくれた。
そんな私に、なぜ彼は声を掛けたんだろう…

彼と出会ったのは、正確には五年半前。
そう、付き合ってたのって、半年くらいだった。
結婚するはずだった彼と別れた後、塞ぎ混んでた私を友人が合コンに誘ってくれた。
友人の彼氏が、男女取り混ぜて集めたメンバー。
友人の彼氏の同僚や同じ部署の若手や、新人の女の子、後輩の女子大生まで。
10人くらい、いただろうか。
そのなかで、人数合わせで急きょ呼ばれたのが、駿だった。
友人の彼氏やその同僚は、私より年上。
男性だけだったら、駿が一番若かった。
私は年上の人たちと席を替えながら喋り、駿は若いの女の子たちと、賑やかに盛り上がっていた。
顔は見ていたけれど、きっと接点はないだろうなと思った、若い男の子。
それが、駿の第一印象だった。


なのに、結局私の隣に最後にいたのは駿だった。
私より年上の男の人たちは、自分のアピールをしてきて、積極的で。
それはそれで嫌いじゃなかったけど…
色んな人の情報が耳から入ってきて、頭の中でぐるぐる回る。
もう、誰が誰だか分からなくなった。
そんな時に…
「隣、いいですか」
声が聞こえた。
「あ、どうぞ」
隣に座ったのは、さっきまで若い子たちと盛り上がっていた年下くん。
でも、今彼が発した声は落ち着いた低いトーンの声で、一瞬別人かと思ってしまった。
「お酒のお代わり、いいんですか?」と聞いてくる声は、さっき聞こえた大きな笑い声と、同じなはずなのに。
すーっと耳から入って来る低い声が、心地良かった。
隣に座ると、すぐに自分の名前を言ってから、聞いてくれた。
「まゆみさん、って呼んでもいいですか?」
「いいですよ。田中くん」
「嫌じゃなかったら、下の名前で呼んでください」
「下の名前…?」
「駿、で」
「…呼び捨てはニガテなんだけど…」
「大丈夫、すぐ慣れますから」
にこっと笑った顔は、にこやかな顔。
あ、なんかいいなあ、こんな風に笑える人…
穏やかで落ち着いてて、ホッとする。
でも…確か大分年下だったはず。
さっきと今と、どっちがほんとのこの人なんだろう。
その後、しばらく喋っていても、ほとんど聞き役になってくれて。
話を聞いてもらって楽しくなって、私はいつに無く饒舌になっていた。
ただ…
心のどこかでは、なんとなく察していた。
私がドキッとしたくらいだもの、きっとモテるんだろうな。
実際、私と話してる間も女の子たちから、呼ばれてたし。


合コンがお開きになったとき、店を出たところでタクシーに乗るつもりだった。
友人を探すのに辺りを見回したら、さっきの田中くんがタクシーを止めてる。
彼も、タクシーなんだ…
私も止めないと、とキョロキョロしたら田中くんが近づいて来る。
「まゆみさん、タクシー乗って」
え?え?と思う間もなく、タクシーに乗せられた。
「ちょっと待って。田中くん、私と方向一緒なの?」
走り出しちゃったけど、一応確認しないと。
慌てる私に、安心してと言うように頷いて来る。
「大丈夫。さっきまゆみさんのお友達に聞いたら、俺とまゆみさん、近所みたいだよ」「そうなんだ…良かった。」
安心して座り直した。
そして、肩が触れあうくらいに座る、学生のような彼の横顔を思わずじっと見てしまった。
…きれいな横顔。
さっきまでは、イケメンだなんて思わなかったのに。
切れ長の目元、すっと通った鼻、閉じていてもやや口角が上がり気味の口許。
やんちゃそうな口許なのに、あの声はなんだったの…
頭の中で呟いたとき、ふっと真顔だった駿の表情が崩れた。
「…まゆみさん、俺の顔になんか付いてる?」
いけない。
ついじーっと見てしまった。
あれ?もしかして照れてる?
目尻を下げ、恥ずかしそうに笑ってる。
何、これ。
さっきまでのオトナの君はどこに行ったのだ。
私、ギャップに弱いんだから、こんなのやめてほしい。
そう思いながらも、また彼にドキッとしてしまった。
…なんか腹立つな~
もう、私のほうが年上なんだからね。
ちゃんと、あしらってあげなくちゃ。
「付いてないけど…田中くん、じゃない、駿の横顔好きだなーって思って見てた」
わざとからかい口調で言ってやったら、
「…なんだそれ。絶対ウソでしょ、年下だからってからかわないでよ」
不貞腐れてる。
もしかして、合コンの間中オトナの男のふりしてたの?
可愛い。
でもなんだかくやしい。
オトナのふりに癒されたなんて。
「からかってないよ、好きだな、触れたいなって思って見てたの」
不貞腐れた駿の頬に触れ、じっと見てやった。
「…やっぱり、からかってる」
頬を赤くして目を逸らす駿に、
「そんな反応するから、からかいたくなるのよ」
といって、笑った。
「まゆみさん、人が悪いな」
「大人と言って」
「俺だって、大人だからね」
「そうだったっけ」
ふざけた私の顔をちらっと見て、窓の外に顔を向けた。
あ、怒らせちゃったかな、と少し後悔したのに。
顔は窓に向いているのに、右手が伸びて来て膝に置いていた私の手をぎゅっと握ってくる。
…トクン、と心臓が跳ねた。







ルーズロープ1

2018-05-03 22:02:53 | 書き物
金曜日、仕事帰り。
早く家に帰りたくて、駅へ向かって繁華街を急いで歩いていた。
1週間、仕事を詰めて忙しく働いた。
疲労が溜まって頭の中は真っ白。
何も考えられなくて、ただ無のまま歩いてる。

5年前、今の部署から異動になり、地方の大都市に転勤した。
遠い場所でのストレスの多い仕事。
それでもどうにか勤めあげて、ここに戻って来たのだ。
戻る辞令が出たときは、とても迷ったけれど。
戻って来て、1週間。
引っ越しの荷物も片付いてない。
家に帰っても散らかっているけれど、この街にいるとザワつく気持ちを、落ち着かせたかった。
短かくても忘れきれない時間の記憶が、あちこちに散らばっていたから。
この交差点を渡れば駅、と言うところで赤信号。
脚を止めてしまうと、ふっと力が抜けた。
誰が待ってる訳でもないのにな。
1人で荷物に囲まれてボーッとするだけなのに。
どこかで夕御飯、食べて帰った方がいいんだろうか。
ふと、考えたけれど。
やっぱり、帰ろう、何か買えばいいわ。



そろそろ信号が変わりそうな気配で、無意識にスタンバイしたとき。
後ろから声を掛けられた…気がして振り向いた。
真後ろには、紺のスーツを着た明らかに私よりも、若いサラリーマン。
夜で見づらい目を凝らしてみると、その人が近づいて来た。
「まゆみさんでしょ?久しぶりですね」
「しゅ…田中、くん」
交差点の渡り際で、まじまじと見合ってしまった彼、田中駿は5年前に別れた彼。
7歳年下の彼。



「立ち止まってると危ないから、渡っちゃいましょうか」
呆然としている私の腕を取り、交差点の先へ引っ張って行く。
何だろう、この懐かしい感覚。
5年前にも、こんなことあった。
渡り終わると、そのまま手を引かれ広場の植え込みの脇に立った。
「まゆみさん、この後何か用事あるんですか?」
「無いけど…」
久々過ぎてまだ戸惑っている私に、駿はしれしれと言葉を続ける。
「俺、人と待ち合わせしてるんだけど、後一時間くらい間があるんです。良かったら、コーヒーでも飲みません?」
別れた彼のはずなのに、しかも私から逃げ出したのに。
まるで、昨日じゃあねと言って、また今日会ったみたいに、誘ってきた駿…
どう返事したらいいの。
こんな状況、今までの私なら用事があるからと逃げ出していた。
でも、物腰は柔らかくても、今夜の駿はそれを許してくれない気がした。
信号を渡りきるまで、腕を掴まれたままだったから…




「うん…特に用事ないし…」
「良かった!じゃあ、あっちにオススメのカフェがあるから、行こう」
背中に手を当てて、促されて立ち上がった。
その手に胸がざわついて、思わず右手を胸に置いた。
「…それ、緊張してるときのクセでしょ…変わらないね」
そんなこと、覚えてるの。
もう、5年もたってるんだよ。
5年…あの頃社会人一年生だった駿も、28なんだ。
どおりで頑張らなくても『オトナの男』なわけだわ。
しっかり歩く後ろ姿を見て、若かった駿を思い出していた。