冷房の効きすぎた図書館から出たときこそほっとしたが、すぐに汗がにじんで不快になった。すべてを焼き尽くすような真夏の強烈な陽射しに、強烈な照り返し。悠人自身はともかくとして色白の美咲が心配になる。
歩みを止めることなくちらりと隣に目を向ける。半袖からすらりと伸びる腕は、まばゆいくらい白く、折れそうなくらい細い。見るだけで直射日光を当ててはいけない気にさせられる。とはいえ、日傘を持たない悠人にはどうしてやることもできない。
ふと、いつもよりくちびるから吐息がもれる。首筋は生白いままだが、やわらかそうな頬はほんのりと上気して薄く汗ばんでいた。それが妙に艶めかしく感じる。息を詰めて横目でじっと見つめていると、彼女は何かを思い出したように「あっ」と足を止めた。
「どうした?」
「うん……来週も再来週も来られないから、返却期限が過ぎちゃうなって」
そう言い、きまり悪そうにおずおずと振り向く。
総合図書館で借りた本の返却期限は二週間だが、美咲は来週から二週間ほど小笠原へ行くのだ。帰ってきてからでは間に合わない。そのことにいま初めて気付いたようだ。天才的な頭脳を持っているはずなのに、日常生活にはあまり活かされていない。だからこそ天才だと気付かれずにいられるのだろうが。
「読めるところまで読んで置いていけばいい。僕が延長してくるから」
「いいの? 夏休みなんでしょう?」
講義がないため、わざわざこのためだけに大学に来なければならないが、毎日ならともかく一度だけであればたいした労力でもない。
「当分はひとりで暇だからな」
「……ありがとう」
彼女はぎこちなく笑みを浮かべてそう言うと、目を伏せた。
「旅行のこと、本当にごめんなさい」
その言葉で、悠人はようやく自身の失言に気が付いた。非難したつもりも当てつけのつもりもない。ただ事実を何気なく口にしただけであるが、配慮が足りなかったかもしれない。
「美咲のせいじゃないから気にするな。前にも言っただろう」
「でも、お兄ちゃんと仲がいいのに行けないなんて……」
申し訳なさそうにそんなことを言う美咲を見て、悠人は溜息をついた。
「仲がいいかどうかは微妙だな」
「どうして? お兄ちゃんは悠人さんのこと、すごく好きだと思うけど」
——は?
思いもよらない発言に虚をつかれて凍りつく。からかっているわけではなさそうだが、なぜそう思ったのかはさっぱりわからない。
「あいつがそう言ったわけじゃないんだろう?」
「うん……でも悠人さんといるとき、お兄ちゃんすごく楽しそうにしているから。私なんか入り込めないくらい二人の世界って感じで、いつもうらやましいなって思っていたの」
ますますわからない。
確かに悠人をからかうときはいつも楽しそうにしているが、好きというには語弊がある。あくまで飼い犬かおもちゃのようなものなのだ。二人の世界など、いったい何を見たらそうなるのかと問い詰めたくなる。
「僕には美咲といるときの方が楽しそうに見えるけどな」