本作では、ジェイン・ジェイコブズのユニークな市場経済と国家統治についての議論が、五人の登場人物の仮想の討議というかたちで展開されている。
ジェイン・ジェイコブズが、市場の倫理と統治の倫理として列挙する各々の徳目は以下のとおりである。
<市場の倫理>暴力を締め出せ、自発的に合意せよ、正直たれ、他人や外国人とも気やすく協力せよ、競争せよ、契約尊重、創意工夫の発揮、新奇・発明を取り入れよ、効率を高めよ、快適と便利さの向上、目的のために異説を唱えよ、生産的目的に投資せよ、勤勉なれ、節倹たれ、楽観せよ。
<統治の倫理>取引を避けよ、勇敢であれ、規律遵守、伝統堅持、位階尊重、忠実たれ、復讐せよ、目的のためには欺け、余暇を豊かに使え、見栄を張れ、気前よく施せ、排他的であれ、剛毅たれ、運命甘受、名誉を尊べ。
(p.17)
本書の読みどころは、これら二つの倫理のありようを、古今東西の文化・文明を渉猟し実例をもって示している点にある。そして、この二つの倫理が境界を超えて混交されるところに、詐欺、搾取、横領、汚職、環境破壊等が生起し、ときには文明の崩壊にまでつながることが指摘されている。
これを避けるためには、前近代の身分制度(士農工商を想起せよ)が有効であり、それが崩壊した現代では、思慮深く二つの倫理を使い分けることが必要だとされる。
ジェイン・ジェイコブズの発想は、経済政策の主体として国家ではなく地域社会を措定したり、文明のありように、この市場の倫理と統治の倫理の峻別あるいは混交がみられることを指摘したりと、とても斬新であり、それに加えて高い説得力をもちえているところがすばらしい。
どのような問題を考えるにせよ、この発想はとても参考になる。
人類には二種類のモラルの体系がある。ひとつは商取引など他者との協力関係を築くのに必要とされる「市場の倫理」であり、もうひとつは集団の秩序を維持するための「統治の倫理」だ。この二つの道徳が混同されたとき、国家から企業まで、あらゆる組織に不正が生じる。本書では、プラトン、老子をはじめ、古今東西の道徳律をこうした相対立する原理に分類し、いつ、どういう場合に、どちらの立場を優先させるべきなのか、具体的な問題に即して考察する。人間社会をむしばむ腐敗の根をあざやかに読み解いた、記念碑的名著。
目次
第一回会合・アームブラスターからの呼び出し―蔓延する道徳的混乱を憂う
第二回会合・二組の矛盾する道徳律―市場の道徳と統治の道徳
ケート、市場の道徳を論ず―市場倫理の歴史的起源
なぜ二組の道徳律か?―分類の根拠を問う
第三回会合・ジャスパーとケート、統治の道徳を論ず―統治倫理の歴史的起源
取引、占取、その混合の怪物―領土・国家をめぐる取引と統治
型に収まらない場合―医療、法律、農業、芸術
第四回会合・統治者気質・商人気質―物事は視点によって見方が変わる
アームブラスター、道徳のシステム的腐敗を論ず―何が失われたのか
第五回会合・倫理体系に沿った発明・工夫―新たな発見と共生の可能性
ホーテンス、身分固定と倫理選択を対比―二つの道徳体系を区別し、自覚的に選択する
方法の落とし穴―システムを保持し続けることの限界
ホーテンス、倫理選択を擁護―完全なる人間性に至る道
計画とシャンパン―文明のために
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