本と音楽とねこと

矜持なのか見栄っぱりなのか

 わたしは、詳細な講義ノート(草稿)を作成し、それにもとづいて授業をしたことがほとんどない。しゃべることはほぼアドリブである。自分のあたまの中にきちんと記憶されていないことを、ノートを見ながらしゃべるのは、プロとしてあるまじきことだとさえ思っている。
 しかし、これが難しいのだ。あたまの中に蓄積された知識は、そのほとんどが文献を読んで得たものなので、書き言葉のまま、わたしなりの問題意識にしたがって整序されている。(もっとも、とっちらかったままの部分も大きいわけだが。)しかし、しゃべる際は、もち、聞いただけで理解できる、話し言葉、日常用語を使わないといけない。いきおい、足りないアタマをフル回転させて、書き言葉を話し言葉に、専門用語を日常用語に翻訳しながら、しゃべることになる。
 それがうまくいくことが多ければいいんだが、ぴたっと専門用語に合致する日常用語が即座に浮かんでこずに、混乱してしまうことも多い。あるいは、意訳しすぎて、ちょっとそれちがうんじゃね?と、しゃべりながら自分を責めることもある。そして、お客様にたいへん申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 テキストを使ったり、ノートを参照しながらしゃべったら、楽になれるのにな、とは思う。それを自分で許せないのは、矜持なのか、たんに背伸びをしてるだけなのか、自分でもわからんちんなのだ。

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