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クレイジー・ライク・アメリカ──心の病はいかに輸出されたか

イーサン・ウォッターズ(阿部宏美訳),2013,クレイジー・ライク・アメリカ──心の病はいかに輸出されたか,紀伊國屋書店.(9.10.24)

科学的知識の普及か?善意の支援か?治療のための研究か?それとも金儲けか?――アメリカ型の精神疾患の概念が流入して以後、各国で発症率が急増し、民族固有の多様な症候群や治療法が姿を消しはじめた……。日本のうつ病、スマトラ沖地震後のPTSDなど、4つの国を舞台に、精神疾患のグローバル化がそれぞれの文化に与えた衝撃と、その背景を追う。

 拒食症、PTSD、統合失調症、うつ病・・・これら米国の精神医学界が構築した疾病概念が、アジア、アフリカ諸国へ取り入れられ、ネイティブな疾病観念が塗り替えられていく過程を、冷静なタッチで叙述する。

 社会的な不安がある時代には、文化は心や狂気に関する新しい考え方に流されやすくなる。天安門事件から中国への返還にいたる不安定な時代に、欧米版の拒食症が香港の若い女性の心を蝕んでいく力を持つようになったのも当然だ。スリランカで欧米の心的外傷後ストレス障害(PTSD)観が流行ったのは、内戦や自然災害によって混乱し、動揺している世情においてだった。また、グラクソ・スミスクライン(GSK)社の作ったうつ病が、長引く不況に苦しむ日本で猛威を奮ったのも偶然ではない。人の地位や安全や未来を容赦なく脅かすことが同時に多発するような不況下において、人々の心は特に不安定になりやすい。
(p.296)

 最終的に『DSM』にどんな病気が加わるにしろ、それに対する効果を科学的に証明したとされるのがいかなる薬や治療法となるにしろ、アメリカ人はきっと強い関心を示すはずだ。アメリカ人は心理学的指向の強い国民だからだ。専門家がトークショーに出演し、ジャーナリストに対して解説を披露するだろう。時が経つにつれ、この新しい発見は文化的に規定され、社会通念となる。その過程において、こうした疾患は人々の意識を形成してもいく。
 その後、欧米のメンタルケアの専門家が行動を起こし、異国情緒あふれる舞台で開催される国際会議で、新しい疾病分類に関して外国の治療者を訓練するだろう。潜在的利益に釣られた製薬会社はより洗練されたメガマーケティング・キャンペーンを展開し、世界的な経済危機や社会的変化のスピードについていけずに弱体化した文化圏で、肥沃な土地を見つけて芽を出そうとするはずだ。
 ここにこめた皮肉がわからないなら、はっきり説明しよう。グローバル化によって起こった心理的ストレスを改善しようとして、最新の欧米のメンタルケア理論を提供しても、けっして解決にはならないのだ。なぜなら、それ自体が原因の一部でもあるからだ。治療に関する現地の考え方や、文化的に形づくられた自己の概念などの土台を壊すことで、欧米人は世界中にある心の苦しみの中心で、混乱や変化を加速させている。これは、繊維の奥深くに隠れた雑菌がもたらす被害を考えずに、病気の住民に毛布を手渡すに等しい。
(pp.300-301)

 とくに興味深かったのが、第4章の「メガマーケット化する日本のうつ病」であり、そこでは、日本でいかにしてうつ病の概念が構築され、うつ病患者が激増し、精神科クリニックが増殖して、向精神薬を製造する製薬会社が大儲けしていったのか、その過程がつぶさに明らかにされている。
 効果が疑問視され副作用の懸念が大きいSSRIの治験データが、意図的に改ざんされ、大量に処方されてきた事実をまえに、一つまちがえると人の人生を徹底的に破壊しかねない向精神薬が現在も処方され続けていることに戦慄する。

目次
第1章 香港で大流行する拒食症
第2章 スリランカを襲った津波とPTSD
第3章 変わりゆくザンジバルの総合失調症
第4章 メガマーケット化する日本のうつ病


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