精神科医が、精神医学と薬物療法の限界を正しく理解し、当事者どうしのピアサポートや「当事者研究」等により、病者が、地域のグループホームでの「ふつうの暮らし」ができるようになったのは、画期的なことであるのはまちがいない。
精神科医の川村敏明さんやソーシャルワーカー、そして当事者たちの取り組みにより、入院患者がいなくなり、浦河赤十字病院の精神科病棟が廃止されたのは、フランコ・バザーリア等がトリエステ精神病院を廃止したのと同様、日本の、そして世界の精神科医療にとって、まこと偉業であった。
医師は「治せません」、「治したくありません」と言い、患者は「治りませんように」と言う。ワーカーや看護師の支援、そして当事者どうしのつながりあいのなかで「ふつうの暮らし」を可能にした、浦河赤十字病院、ひがし町診療所、べてるの家の取り組みは、わが国における重要な社会事業として参照され続けなければならないだろう。
そこでは、精神病者ケアにおける、「医学モデル」から「社会モデル」への転換が、みごとに実現されている。
斉藤道雄,2010,治りませんように──べてるの家のいま,みすず書房.(3.3.2021)
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精神障害やアルコール依存などを抱える人びとが、北海道浦河の地に共同住居と作業所“べてるの家”を営んで30年。べてるの家のベースにあるのは「苦労を取りもどす」こと―保護され代弁される存在としてしか生きることを許されなかった患者としての生を抜けだして、一人ひとりの悩みを、自らの抱える生きづらさを、苦労を語ることばを取りもどしていくこと。べてるの家を世に知らしめるきっかけとなった『悩む力』から8年、浦河の仲間のなかに身をおき、数かぎりなく重ねられてきた問いかけと答えの中から生まれたドキュメント。
斉藤道雄,2020,治したくない──ひがし町診療所の日々,みすず書房.(3.3.2021)
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「治したくない」医師と「治りませんように」と願う当事者たちが織りなす浦河の四季。べてるの家の、さらにその先へ歩き出す。