ジェレミー・リフキン(柴田裕之訳),2023,レジリエンスの時代──再野生化する地球で、人類が生き抜くための大転換,集英社.(4.27.24)
わたしは、社会変動論、近代化論を専門の一つにしているので、リフキンが、該博な知識を総動員して、産業革命を嚆矢とする「人新世」の歴史について滔々と述べる部分については、興味深く読んだ。
しかし、他の著作同様、リフキンの叙述は冗長すぎて、全体を読みとおすには、けっこう忍耐力がいる。
人間は、自らが死すべき運命にあることを自覚する、唯一の生物である。
あまたの宗教は、人間の死への不安と恐怖を慰撫すべく誕生した。
近代社会は、「呪術の園からの解放」(マックス・ウェーバー)の時代であり、「神は死んだ」(ニーチェ)。
しかし、人々は、「効率」を神なきままの教義として信仰し、「なにもせずに時間をやり過ごすこと」を忌避し、つねに、タイパを重視し、時間を節約することで、死の不安と恐怖から逃れようとしてきた。
サイバースペースのバーチャル世界で働き、遊び、人生のしだいに多くを過ごすことがもたらす新しい超効率性は、デジタル世代の個人の主体性の感覚を幼児化させ始め、脳の配線まで変えただけではなく、人類から未来を奪い始めてもいる。効率は、将来のあらゆるアウトプットを最適化し、費やす時間やエネルギー、労働、資本を果てしなく減らそうとする、たゆまぬ力であることを思い出してほしい。効率の源泉は、時間の経過を消滅させ、常に存在し続ける「今」の時点に、すべての未来を最適化し、時間の矢をすっかり排除することだ。当然ながら、もっと効率的になろうと日常生活で奮闘しているときに、そんなことは人間の頭にはない。際限なく効率を高めようとする容赦ない衝動の根底にあるのは、私たちは一瞬一瞬を使うごとに、その時間は失われ、避けようのない死にその分だけ近づくという恐れだ。効率は、もっと時間を稼ぎ、この地球上で少しばかりの不滅性を確保するための、代替計画なのだ。
(p.144)
グローバルに加速し続ける資本主義社会において、、現在は将来の目的充足のための手段としてみなされ、欲求の充足による安逸はつねに未来に繰り延べられていく。
そして、人は、資本の価値増殖のために過剰に働き、消費し、資源の収奪と環境の破壊が進行していく。
しかし、「第三次産業革命」は、そうした人間の時間認識をも大きく変えつつある。
第三次産業革命のスマート・デジタル・インフラへの転換がもたらす経済の変化をすべてまとめにかかると、それは途方もない規模のものとなり、私たちが経済生活をどう考えるかに根本的な変革が起こることが想像できる。所有からアクセスへ、売り手と買い手の市場からプロバイダーとユーザーのネットワークへ、アナログの官僚制からデジタルのプラットフォームへ、ゼロサム・ゲームからネットワーク効果へ、成長から繁栄へ、金融資本から自然資本へ、生産性から再生性へ、直線的な過程からサイバネティックな過程へ、負の外部性から循環性へ、垂直統合型の「規模の経済」から水平統合型の「規模の経済」へ、中央集中型のバリューチェーンから分散型のバリューチェーンへ、GDPからQLIへ、グローバル化からグローカル化へ、グローバルな複合企業から流動的なグローカル・ネットワークの中でブロックチェーン化された機敏なハイテク中小企業へ、地政学から生物圏政治へ、といった変革だ。第三次産業革命のインフラは過渡期の経済パラダイムであり、ある部分は古い工業経済モデルに縛られ、また別の部分は新興のレジリエンス革命の決定的な特徴の多くを示している。
(p.294)
大澤真幸は、気候変動問題の解決の方途を、「未来の他者の幸福/不幸に反応せざるをえない」、人間の衝動が普遍化する可能性に見た(大澤真幸編著,2023,未来のための終末論(大澤真幸THINKING O),左右社.)が、リフキンは、人間の「バイオフィリア」(生命愛)が開花する可能性に賭ける。
リフキンは、子どもが「重要な他者」と愛着関係を取り結ぶことと同列に、この「バイオフィリア」を論じ、位置づける。
現在の生きとし生けるもの──過酷な環境条件のなかで必死に生き延びようとする存在──に共感し、愛着心(「バイオフィリア」)をもつことが、人が環境に適応する力であるレジリエンスを発揮することにつながる。
そして、将来世代も含めたすべての生命を尊重する意識と活動とが、気候変動により「野生化」する自然を修復、再生していく。
気宇壮大な構想ではあるが、基本的な考えには、わたしも異存はない。
再野生化する地球で、人類が生き抜くためには、経済・政治・社会の大転換が必要だ。
地球を人類に適応させる「進歩の時代」から人類が地球に抵抗し、自然界と共存する「レジリエンスの時代」へ。
世界的な経済社会理論家が描く、危機脱出のための処方箋!
我々の生命観まで揺さぶる名著。
これで「より速く、より遠く」の強欲搾取主義から脱却できる。
――水野和夫(『資本主義の終焉と歴史の危機』)
「人新世の危機」を解決する、コモン型経済のリアルな姿がここに。
――斎藤幸平(『人新世の「資本論」』)
これまでの「進歩の時代」において人類は、地球の恵みを収奪し、商品化し、消費を最大にして生きてきた。
だが、無限の成長と超効率化を絶対視したせいで、環境危機と地球温暖化が発生。
洪水、干ばつ、熱波、山火事、台風が、生態系とインフラを破壊し、人類の生存を脅かしている。
この危機を脱するために必要なのは、「レジリエンスの時代」への大転換。
地球を人類に適応させるのではなく、人類を地球に適応させるのだ。
自然と共感的に関わるためには、経済・政治・社会の見直しが必須。
科学技術にも精通した世界的な経済社会理論家が、未来への処方箋を示す!
目次
第1部 効率vs.エントロピー―近代の弁証法
マスクと人工呼吸器とトイレットペーパー―適応力は効率に優る
テイラー主義と熱力学の法則 ほか
第2部 地球の財産化と労働者の貧困化
大転換―時間と空間の地球規模の囲い込み
究極の強奪―地球のさまざまな圏と遺伝子プールと電磁スペクトルの商品化 ほか
第3部 私たちはどのようにしてここに至ったか―地球上の進化を考え直す
生態学的自己―私たちの一人ひとりが散逸のパターン
新たな起源の物語―生命の同期と形成を手伝う生物時計と電磁場 ほか
第4部 「レジリエンスの時代」―「工業の時代」の終焉
レジリエンス革命のインフラ
バイオリージョン(生命地域)統治の台頭 ほか