田房永子,2015,男しか行けない場所に女が行ってきました,イースト・プレス.(Kindle版)(7.18.24)
世の中(男社会)には驚愕(恐怖)スポットがいっぱい!エロ本の取材現場を「女目線」で覗いて気づいた「男社会」の真実。
性風俗、エロ本、アダルトビデオ、アイドル等をとおして、田房さん、男のグロテスクで、幼稚、独善的な性欲のありようを描き出す。
田房さんは、オンナを「娼婦」と「普通の女」に二分し、前者から性搾取する後ろめたさをカネで支払うことで忘却する男の心性と、それを男に強いることさえするホモソーシャビリティを指摘する。
それが男の場合は歴史が長いため、すでに完成されている。「この女の子も仕事でやってるから」という割り切りの感覚を、男は小さい頃から大人の男たちから感じ取り学んでいる。男は「娼婦」的女性と「自分の妻・娘」的女性を、別のものと分けて考える傾向が強い。本人はそんなつもりはなく、気づいていない場合も多いが、「娼婦」と「普通の女」を分けて考えるのは、そうしないと自分に罪悪感が溜まってしまうからだと私は考える。
罪悪感が溜まるとどうなるか。「おっパブ」に行っても女の子に遠慮してしまっておっぱいを揉めず、男たちから「ノリが悪い」とされてしまう。男がひとり、男たちの輪から外れてしまうことは社会、経済、ゆくゆくは生命など様々な危機を孕んでいるそのために普段から「娼婦」と「普通の女」を分けて考え、「娼婦はこの仕事を自ら望んでいるから俺はそれを客として利用しているだけだ」と考える必要があるのではないだろうか。
わたしは、生まれてこの方、アイドルなる存在に興味をもったことなど、一度もないのだが、田房さんは、中高生のパンツを買う男、性風俗で女を買う男と、AKBのきっしょいファンを同一線上に並べる。
鋭い。
ウォークマンでアイドルソングを聴きつつ雑居ビルの一室で女の子の写真を選んでパンツを買う1990年代のブルセラ要素が20年の時をかけて淘汰され、2010年代は、制服姿の女の子自身がパンツを見せながらアイドルソングを歌うという合理的な展開となった。それがAKB48だ。私はそう思った。
AKBの客はふんぞり返って偉そうに笑みを浮かべプロデューサー気取りで、AKBのライブを観るんだと思っていた。おやじが女子高生と援助交際するみたいな関係。「頭の悪い女子高生だなあ」と思いながら女子高生のディティールに興奮するブルセラおやじと、「おやじキモイ」と言いながら、内なる恐怖心を隠し漠然とした物欲のために下着を売る女子高生、そういった互いがバカにし合っている関係なんだと思っていた。それが、〝お母ちゃん゙からするとキモくてキモくて、そういうものが根底にある文化のようなものがテレビからしょっちゅう流れてるのがイヤだし、一体もうなんなの、あんたたちいい加減にして。そういう心持ちだった。
だけど、実際のAKBファンは、AKBの女の子たちに゙食われている゙顔をしていた。ブルセラ女子高生とおやじではなく、されるがままの童貞男と寛大な手ほどきをする風俗嬢、というほうが近かった。というか、そのものだった。
パパ活男も含めた「女を買う」男は、田房さんのようなまともな女に自分がどう映るのか、考えみた方が良い。
無理だろうけど。笑
目次
第1章 男しか行けない場所
風俗だからって超絶テクニックを受けられるわけではない―人妻アロマオイルマッサージ
男は本当に「種を残したい生き物」なのか―ドール専門風俗店 ほか
第2章 男のための場所で誘う男たち
「俺の女、べっぴんだろ。体の反応もスゲエんだぜ」―富裕層スワッピングパーティー
「女」というだけで、女扱いされる―逆ナン部屋 ほか
第3章 男しか行けない場所で働く女たち
はじめて会った人に「性感帯はどこですか?」と聞く難しさ―翼ちゃん(23歳/ファッションヘルス勤務)
「もう、いっすかぁ?」―ももちゃん(21歳/マジックミラーオナニー店勤務) ほか
第4章 エロ本を作る男たちと私
「不幸な女は最初からはじく」―中出しAV監督
「こちらのプーさんは、漫画家の田房さんです」―エロ本編集者・小此木さん(29歳) ほか
第5章 実は男しか行けない場所
実は男しか行けない場所
向こう側の同性を評価する、はじめての感覚―イケメンとの仕事 ほか