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「自己啓発」の気味悪さの正体をつきとめた書物はいくつかあるが、自己啓発の延長線上にある「ファスト教養」を主題とした書物は、おそらくはじめてではないか。
「コスパ」よく教養を身につけたふりをする風潮の背景には、「教養」で他者を出し抜き、ビジネスで成功したいという欲望があるが、それは、自分が他者に出し抜かれ、底辺に突き落とされかねないという不安、恐怖心の現れでもある。
いまや就業者の4割近くが非正規雇用であり、名ばかり正社員が増え続けているなか、競争に負けてしまうことへの恐怖心はかつてないほど高まっている。自己責任を旨とするネオリベラリズムが席巻するなかで、敗者になることへの恐怖と不安にせきたてられて、強迫的に「ファスト教養」にせきたてられるさまは、このうえなく惨めで、痛々しい。
目先の損得勘定だけでコスパよく教養の上澄みを摂取する態度は惨めであり痛々しいという感覚自体が、教養により醸成されるものであるのだから、なんとも皮肉な事態ではある。
すべてを自己責任に帰すネオリベ的心性は、生活保護受給者やホームレスをはじめとする社会的弱者への蔑視、敵対心に通ずる。「自分もそうであったかもしれない」という想像力も教養によりえられるものであることをふまえると、「ファスト教養」が、そうした想像力の欠如、ネオリベ的心性に連なることもまた、アイロニカルと言わざるをえない。
本書は、ゆたかな教養と、好きであるからこそ究められた専門性によって、実に説得力ゆたかに練り上げられた優れた論考であり、たんなる教養論にとどまらない、同時代精神への優れた批判の書である。
社交スキルアップのために古典を読み、名著の内容をYouTubeでチェック、財テクや論破術をインフルエンサーから学び「自分の価値」を上げろ―このような「教養論」がビジネスパーソンの間で広まっている。その状況を、一般企業に勤めながらライターとして活動する著者は「ファスト教養」と名付けた。「稼ぐが勝ち」と言い切る起業家、「スキルアップ」を説くカリスマ著述家、他人を簡単に「バカ」と分類するインフルエンサーなど、人々に支持されてきた言葉を分析し、社会に広まる「息苦しさ」の正体を明らかにする。
目次
第1章 「ファスト教養」とは?―「人生」ではなく「財布」を豊かにする
第2章 不安な時代のファスト教養
第3章 自己責任論の台頭が教養を変えた
第4章 「成長」を信仰するビジネスパーソン
第5章 文化を侵食するファスト教養
第6章 ファスト教養を解毒する
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