見出し画像

本と音楽とねこと

国家がなぜ家族に干渉するのか──法案・政策の背後にあるもの

本田由紀・伊藤公雄編著,2017,国家がなぜ家族に干渉するのか──法案・政策の背後にあるもの,青弓社.(7.15.24)

個人の権利を制限する一方で、「家族・家庭」や「個々人の能力・資質」までも共同体や国家に組み込むような諸政策の問題点の核心はどこにあるのか。他方で、家族や子育て、性的マイノリティを支援する社会制度の設計は喫緊の課題である。国家の過度な介入を防ぎながらどう支援を実現していくのかを、家族やジェンダー、福祉、法学の専門家がそれぞれの立場から縦横に論じる。

 政府、自民党がもくろんできた改憲、家族政策の問題性を深く掘り下げて論じた一冊。

 まず、「子どもの権利条約」と2006年、教育基本法との整合性について。

  締約国は、児童の教育が次のことを指向すべきことに同意する。
  (a)児童の人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限まで発達させること。
  (b)人権及び基本的自由並びに国際連合憲章にうたう原則の尊重を育成すること。
  (c)児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び出身国の国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること。
  (d)すべての人民の間の、種族的、国民的及び宗教的集団の間の並びに原住民である者の間の理解、平和、寛容、両性の平等及び友好の精神に従い、自由な社会における責任ある生活のために児童を準備させること。
  (e)自然環境の尊重を育成すること。

 二十九条二項は、個人と団体が教育機関を設置・管理する自由を保障するが、一項に定める原則が遵守されることを条件とする。教育勅語を読ませるようなことは、条約違反の教育をしていることになる。それほどこの五つの事項が持つ意味は大きい。
 二〇〇六年法も文言はともかく、(a)(b)(c)を教育の目標として定めている。しかし、伝統と文化を「はぐくんできた我が国と郷土を愛する」ことを優先する規定は、「他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する」という文言が補足されているとはいえ、文化的相対性、相互的な理解、寛容に関わる(c)(d)に反するおそれが高い。
(pp.50-51)

 「我が国と郷土を愛する」という、国家が国民の内面を支配せんとする思惑は、とても気持ち悪い。
 よけいなお世話、である。

 政府、自民党がもくろんできた改憲、その最大のターゲットは、9条と24条、である。

 近代憲法の歴史は、有産市民男性から労働者・女性へと権利保障の具体化のプロセスであった。その一つの到達点が日本国憲法である。日本国憲法は、教育勅語の忠孝道徳に基づく絶対服従や天皇制国家によるアジア太平洋圏での戦争犯罪を反省し、基本的人権・国民主権・戦争放棄という三大原則を戦後日本の基本として定めた。基本的人権と国民主権は近代憲法を構成する基本原則だが、国家主権の放棄を意味しかねない憲法九条の戦争放棄は、日本国憲法に登場する新しい憲法原則である。
 この憲法九条とともに、「家庭内の両性の平等」原則を謳う憲法二十四条も、世界の憲法史上初めての規定である。両性の平等原則は、選挙権など公共生活に限定され、私生活では妻が夫に従う両性の不平等が夫権として確保されていたからである。
 したがって、日本国憲法の九条と二十四条は、近代憲法の二つの支柱である「国家」と「家族」の規範論を突破するものだった。近代国家とは国民国家と同義であり、国民国家は対外的な国家暴力、すなわち軍事力によって担保される。他方、家族も男性優位、すなわち夫権を前提として、公共圏から分離される私生活圏として、夫=父の家父長的暴力によって担保されてきた。この制度化された近代の公私の暴力性に対し、日本国憲法九条の軍事力放棄と二十四条の家庭内の両性の平等は、まさしく対をなして対抗論理を構成している。これは、近代に構築された国民国家と近代家族を脱制度化する原理にほかならない。こうした「近代を超克する」非暴力論が、日本で規範論として七十年間以上受け入れられてきており、すでに大日本帝国憲法よりも長期に及んでいる。その理由は、イエ制度のもとでの悲惨な暮らし、軍隊体験、空襲体験、そして原爆被災という破局的体験に裏づけられていたことにある。
(pp.122-123)

(前略)結局、一九五五年二月の衆議院選挙、五六年七月の参議院選挙で、改憲賛成派が三分の二以上を占めることができず、その後、四十年間以上、改憲の動きは沈静化する。
 その原因は、改憲派が九条と二十四条を結び付けたところにあった。改憲派は、強い日本軍を支えたのはイエ制度であり、日本軍の復活にイエ制度は不可欠だと考えていた。憲法二十四条が「わが国の家族制度」を「日本の弱体化という占領政策」のもとで否定し、日本の「国体」を破壊したという認識は、当時の改憲派に共通していた。
 この憲法二十四条への攻撃は、反対に、改憲反対運動を大きく盛り上がらせた。日本軍とイエ制度の結び付きは、人々に戦争体験を生々しく想起させた。戦場に行くことも、戦場に送り出すことも、イエのためであり、それがひいては「天皇」のためだ、と言われていたことがどんな結果をもたらしたのかを身をもって体験したばかりだった。敗戦によってイエ制度が廃止されたことは、「家族」に平和を取り戻したことを実感させていた。ここに、多くの女性と若者が改憲反対運動に参加した理由がある。そもそも憲法二十四条は、九条とともに制定当初から絶大な人気を得ていた。一九四七年に「朝日新聞」に連載された石坂洋二郎の小説「青い山脈」は、二十四条をテーマにしていたが国民的人気を博し、映画や歌にもなった。結局、イエ擁護論による二十四条への攻撃は、影を潜めた。
(pp.126-127)

 二十四条改憲派は、別姓反対派が別姓制を個人主義だと非難したときと同じ手法で憲法二十四条を攻撃した。憲法二十四条が掲げる「個人の尊厳」は、家族を個人へと解体するものであり、「家族解体条項」だと非難したのである。

   基本単位である家族を疎かにして国家が健全に機能するはずはない。その意味でも日本国憲法はもともと欠陥憲法なのである。その欠陥を補うべく、憲法に家族尊重・保護条項を設けるべきである。

 「家族保護規定」要求の三度目の登場である。今回の特徴は、二十四条に家族保護規定がないことを、日本国憲法の欠陥、すなわち日本国憲法そのものを「欠陥憲法」として全面的に否定するところにある。しかも、欠陥憲法と断定するほどに憲法には必要不可欠とされる家族保護規定の内容は、まったく明らかにされていない。他国の憲法に「国が家族を保護する」規定のあることがただ紹介されるだけで、憲法二十四条に規定すべきだと主張される家族保護条項との関係については言及されない。そこには家族保護規定の要求が、家族を国によって保護することにあるかのような幻想を与えることを意図していると思われる。
 しかし、家族保護規定を要求する理由は、その主張にも明確なように「国家が健全に機能する」ためであり、しかも、この要求は日本国憲法の全面的否定と結び付いている。二十四条改憲派のもくろみは、日本国憲法の基本原理である憲法十三条「個人の尊重」を、家族関係において破壊することで、家族を国家に奉仕する「基本単位」へと転換させることにある。
(pp.131-132)

 国民が憲法を制定するのは、人権の保障のためではなく、「良き伝統と我々の国家」のためである。「良き伝統」とは「長い歴史と固有の文化」であり、「天皇を戴く国家」である。しかし、「天皇を戴く国家」は憲法制定以前から存在しており、「この憲法」など必要としない。「この憲法」を必要とするのは、「我々の国家」のために自助努力する国民であり、その自覚のためには国民自らが制定しなくてはならないのである。国と郷土を守るため自助努力を怠らない国民と、国民を主導する公権力の担当者とが、一体となって形成する「我々」の国家のために、義務を果たすべき国民が「この憲法」を制定することが必要なのである。
 草案前文のねらいは、公権力に対して人権保障を要求することなく、家族・地域で助け合い自助努力する国民を作り出すことにある。国民は「基本的人権」を奪われ、代わりに「家族道徳」が与えられる。「家族道徳」を掲げる宗教国家を作ること、それが「家族保護」規定に込められたねらいである。軍事大国を目指すには、国民の意識改造が不可欠であり、「家族道徳」が必要なのである。これを受けて、草案二十四条は一項で、次のように述べている。「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」
(p.141)

 国を愛し、天皇を敬うことを強制し、「修身斉家治国平天下」の儒教イデオロギーを押しつける。

 そして、個人の自律性と基本的人権を否定し、家族・親族、地域社会による自助、互助、共助を強調して、公助後退を正当化する。

 旧統一教会の宗教右派と結びついた自民党の改憲勢力は、いまのところ息をひそめた感があるが、警戒を怠らないようにしないといけない。

目次
序章 なぜ家族に焦点が当てられるのか
第1章 家庭教育支援法について
第2章 親子断絶防止法について
第3章 経済政策と連動する官製婚活
第4章 自民党改憲草案二十四条の「ねらい」を問う
終章 イデオロジーとしての「家族」と本格的な「家族政策」の不在


ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「本」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事