Entrance for Studies in Finance

井堀利宏『経済学部は理系である』オーム社, 2017

オーム社という理系の本屋さんが、経済学の本を出している。著者は東京大学名誉教授で政策研究大学院特別教授。ここでは拾い読みする。一つのメッセージは経済学部を理系に位置付けよという主張だ。これは理系の大学が、経済経営学部を設置する傾向をなぞっているように思える。自然現象と違って現実の経済では再現実験ができない、人々の行動は経済合理性でとらえきれない、といった社会科学特有の問題への言及は、それ自体興味深い。

正規分布のところは詳しく書かれていて、近年の経済物理学の議論がよく消化されている。pp.35~36

正規分布とは、ある標本集団のばらつきがその平均値を境として前後同じ程度にばらついている分布をいう。これを分布図で表すと、平均値を対象軸とした左右対称の釣鐘型のなだらかな曲線として描ける。・・・p.35

正規分布では、平均値と分散が決まると式やグラフも1つに決まる。・・・平均値と標準偏差がわかれば、ある値が全体の中でどこに位置するのかがほぼ正確にわかる。p.35

対数正規分布が想定されることもある。これは、ある変数xの対数をとったものが正規分布に従う分布である。この分布では、平均よりも大きな値がなだらかに減少していくとともに、極端に高い値をとる変数が出現する可能性がわずかだが存在する。所得や資産の分布は正規分布よりも対数正規分布で近似する方がより現実的である。p.36

近年の経済物理学では、経済現象の多くが正規分布ではなくベキ分布に従っていると想定する。べき分布とは、極端な値をとるサンプルの数が正規分布より多く、そのため大きな値の方向に向かって長くなだらかに裾野をのばしていく分布である。この点で、ベキ分布は対数正規分布と似た形状をしている。富の分布や株価などの資産価格の変化といった経済現象は、正規分布ではなくベキ分布に従うと考えられるようになった。p.36

ベキ分布は、確率分布の1つの定式化であり、正規分布では起こりえない極端な事象が実際にはある程度の確率で起こってしまう現象を扱う際に有効である。・・・対数正規分布やベキ分布に基づくと、こうしたまれに生じる大きなショックもモデルの中で十分に考慮できるという利点がある。p.36

この本は、概論であるので、金融に関しては詳しくない。たとえば利子率の導出のところ。投資が利子率の減少関数であることp.172  そこから利子率国民所得の間に負の相関が成り立つことp.172  貨幣需要も利子率の減少関数であることp.174  また貨幣需要は国民所得の増加関数であることp.175   他方、貨幣供給は政策関数で利子率とは独立に決まるp.174  こうしてIS-LM分析による国民所得と利子率の均衡が導かれている。pp.171~188

しかしこの説明では数値間の依存関係が説明されるだけで、利子とは何かが結局説明されていない。井堀さんの説明ではずされている、利子とは貨幣とは、といった説明が大事なのではないかというように感じる。

最後に株式市場のところをみると、株価の配当仮説が説明されている。

配当仮説は、無限の先までの予想配当流列を債券利子率で割り引いた現在価値で株価が決まることを意味する。p.247

しかし実際は乖離がおきる。この乖離の大きさがバブルの指標となる。pp.249~250

実際のデータで検証してみると、実現した配当から計算された理論値よりも、実際の株価の方が大きく変動している。これは、合理的期待仮説と配当仮説を前提とした株式市場の効率性に大きな疑問を投げかける。・・・実証結果はバブルの存在を示唆している。p.249

この記述からさまざまなことを言いうる。そもそも株式市場で投資家は、経済学者が想定するように市場で理論的に合理的行動をとっているわけではない。また結論として、株式市場が効率的な市場でないとすれば、その効率性を前提にした、様々な議論、たとえば、株式市場を通じたガバナンス(企業統治)のお話しは砂上の楼閣ではないか? といったこと。あるいは、なお市場というものに期待するとすれば、それはどのようなことを根拠にしているのであろうか?

私の考え方は、株価というものは、井堀さんのこの議論をみるまでもなく、不合理に日々変動するものであること。しかしその前の企業の業績であるとか、財務状態であるとか、そうした動かない数値をむしろ基準として、企業評価やガバナンスは考えられるべきではないかということである。つまり株式市場を極端に理想視して、株価をもって企業評価とみる議論はそもそも間違っているのではないかということである。以上のことは、株式市場がHFTやアルゴリズム取引に席巻されている今日、残念ながら認めざるを得ないということである。

証券市場論(前期) 財務管理論(前期) 

 

 

 

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