株価の適正価値fair valueをいかに導くか
企業価値は、有利子負債の時価総額と自己資本の時価総額の合計である。株価は単純化していえば時価総額÷株数。ここで求めたいのは適正な値である。
コンサル業でも証券引受業でも新たな顧客を獲得することの重要度が増した。売り込みのためのプレゼン資料の構成はみな同じで、全体説明、戦略的考察(証券引受の場合は資本市場の近況)、評価、提言である。評価が「全体の要で顧客が本当に注意を払うのはこの部分だけだ。ここでは投資銀行側が顧客に高めギリギリのストライクをプレゼントする。…見た答えが気に入らないと、バンカーたちは裏口から路地に放り出されることもある」(『投資銀行残酷物語』訳p.128)
(投資銀行の中心的役割は、証券市場で重要な価格関連情報の創造と小分けして売るところにある。そうした価格関連情報は、経済的な革新への資源の配分や、革新に携わる企業や人々の誘引になると説明されている。See, Alan D.Morrision and William J.Wilhelm, Investment Banking :Institutions, Politics, and Law, Oxford University Press, 2007, pp.3-5,21,69.)
算定の方法は客観的妥当性が問題にされるので、恣意性を排除して手順やプロセスを大事にする必要がある。また複数の方法で算定して比較すること、経営者などのインタビューを定性判断に織り込むこともしばしば行われる。
一つは会計の帳簿から迫る方法である(コストアプローチあるいはbook value based or asset based)。帳簿価値をベースにするもの。代表的なものに1株あたり純資産価値を算定する方法がある。ネットアセットアプローチとも呼ばれる。純資産というのは総資産から負債を控除した残差である。これは理屈としては解散価値liquidation valueと一致し株価の底値の大きさでもある。
この帳簿価値が取得価値で評価されているとして、この方法を取得コストアプローチと呼んだり、あるいは帳簿価値が時価で評価されていることに注目して、この方法を時価コストアプローチと呼ぶこともある。
ただしこの方法は、継続価値の算定では大きな比重を占める無形資産intangible asset(人材の知識・技量、企業の社会的評価)の評価を全く含んでいないため、事業の継続を前提にした継続価値の算定方法としては、そもそも適切でないとされる。保田隆明さんは資産を持たない経営を志向する欧米企業からは、純資産法による企業評価は奇異に見える。ただし銀行など資産を積み上げることで収益を稼ぐ業界の評価には使えると指摘している。保田隆明『企業ファイナンス入門講座』ダイヤモンド社, 2008年, pp.189-191.
事業の継続を前提とする継続価値の算定の方法は大きくは2つ。株価倍率法とDCF法discounted cash flow methodの2つである。
株価倍率法(マルチプル法 類似株価比準法:類似会社比較法comparable multiple valuation or price-to-earnings ratio method)はマーケット(市場価値 市場株価)アプローチあるいはearnings basedとも呼ばれる。これは株式が公開(上場)されている類似会社である他社の株価から、非公開会社の株価を推定しようというもの。使用される他社の株価には、過去3ヶ月あるいは過去6ヶ月の株価(終値)の平均を用いる。この他社の株価を参考に、株価を公開していない企業の株価を、財務比率あるいは株価指標(PER PBR EV/EVITDA倍率など)など比較可能な数値から株価倍率を算定しこれを乗ずることで、当該企業の妥当な理論株価を推定する。
企業Aの1株当り利益 | 業界平均のPER | 企業Aの適正株価 |
20円 | 40倍 | 800円 |
他社比較分析の「欠点は、ほとんどの場合、乗ずる[値が]・・・大きい企業群が必要になって」「ターゲット企業とはかなり異なった性格の企業を選びださなければならないとうことだ」「他社比較分析部では、どれほど根拠が脆弱であろうと、数字を引き上げてくれるような企業を比較の対象に加えられないか知恵をしぼる」(『投資銀行残酷物語』訳p.141)
この手法について、株式市場の合理性の仮定を過信し過ぎという批判もある。
DCF法discounted cash flow methodあるいはインカム(本質価値)アプローチあるいはcash flow based。将来のキャッシュフロー(CF)を資本コストなど将来のリスクを含んだ割引率で割り戻して現在企業価値を推定、そこから理論株価を導くというもの。この手法が近年多用されるが、将来のCFや割引率の仮定に結果が大きく左右されるという弱点をもっている(割引率discount rate選択の決定はしばしば恣意的な判断に頼っており、将来のCFの推定に至っては、単なる見込みに過ぎないなどの批判も知られる)。将来CFの上限と下限の幅は相当に大きくなることが多い。また割引率には後述する加重平均資本コストを使うことが多い。
割引率には加重平均資本コストWACCを使うことが多い。WACCの導出において株主資本コストの導出には多くの問題がある。先ず測定期間。どの程度の期間とするか、意見の一致がない。またサイズリスクプレミアム(対象企業が小さい場合にリスクを高く見込むこと)やコントロールプレミアム(支配権の移動がある場合にリスクを高く見込むこと)といった追加リスクプレミアムがある。現在サイズリスクは定量化されているが、推計方法が確立しておらず、そのほかの追加リスクプレミアムについては、推計の方法が確定していない。そうしたところから評価者が根拠にない加算を行うケースがあるとされる。明石正道「DCF法割引率算定の考え方と実務ポイント」『経理情報』No.1263, 2010年11月1日, pp.52-55.
参考 株主(自己)資本コストの算出方法
加重平均コストを算出するときもっとも問題なのは株主資本コスト(自己資本コスト)の 大きさである。そこで算出に用いられる計算式には以下の3つがあるがその解説は改めて別稿で述べる。
1)古典的方法
=pure-time preference + inflation premium + risk premium
2)成長率モデル
= d/p + k
3)capital asset pricing model
Ri = Rf + βm×(Rm-Rf)
またDCF法では、統合にともなって生ずる利益(連携による相乗synergy効果やコスト削減効果)と損失(不採算部門の閉鎖などに伴う経費)が、将来CFに正確に反映されているかも議論が多い点(恣意性が入りやすい点)である。それでもDCF法は「ほとんど活動実績のない企業に対して特に有効だ。」
3つの評価アプローチの比較
項目 | インカム | マーケット | ネットアセット |
客観性 | 問題あり | 優れる | 優れる |
市場株価の反映 | 反映する面あり | 優れる | 問題あり |
将来の変化 | 優れる | 反映する面あり | 問題あり |
資料:公認会計士協会「企業価値ガイドライン」2007/07 図表Ⅳ-3を書き換え
これらの方法を組み合せることが一般に推奨される。
DCF法による評価結果は、買収当事者限りで算定した評価額・・・独りよがりになっている可能性を否定できない・・・そこで登場するのがPERや別解 投資サイトでよく見られる理論株価は以下のような式あるいはその変形で計算されているとみられる。理論株価の算定式(https://dmjtmj-stock.com/entry/2016/11/19/002341) EBITDA倍率、いわゆるマルチプル(倍率)による検証です。・・・DCF法による企業価値算出結果が相場感のあるものなのか、または相場感から大きくはずれるものなのか、ということがチェックできるわけです。保田隆明『企業ファイナンス入門講座』2008, pp.169-170 保田さんは、純資産方式やマルチプルは、ある一時点のスナップショットで企業を評価する「静態的評価方法」であるのに、DCF法は現在から将来にわたる一連の流れで企業を評価する「動態的評価方法」であるとしています。前掲書, pp.189, 191.
創業したばかりのベンチャー企業の価値は、過去の財務的実績でみるものではなく、未来の可能性でみるべきであり(静態的評価は使えない)、類似の企業はないはずであり(マルチプル法は適当でない)、未来の可能性で見るべきだと磯崎さんは述べます。磯崎哲也『起業のファイナンス』日本実業出版社, 2010年, pp.162-167.しかし未来予測にも困難があります。
問題は、同じような思考方法にある。
同じ事業計画書を見せて正当な株価をはじき出して欲しいと依頼した場合、どのファンドもまったく同じように計算し、まったく同じような答えを出してくる。・・・なぜ同じような数字しかでてこないかというと「同じような考え方」しかしないからだ。・・・確実な予想キャッシュフローをつくることに貢献するのは・・・確実に自分たちでできるコスト・カットだけ。それしか見ない。・・・それを事業改革などと称して、あたかも改革が行われているかの幻想を周囲に振りまく。・・・それがウオール街流の共通したやり方であり、そのやり方を世界中に広げているのである。神谷秀樹「強欲資本主義 ウオール街の自爆」2008, pp.48-49.
欧米流の会社は株式のもの、株主重視という考え方が広がっている。・・・「株主価値」の最大化を目指すことが優れた経営の目標であり、ファンドマネージャーの関心もここにある。・・・それは歪んだ発想である。・・・自分たちの儲けを最大化するために「トップライン」と「ボトムライン」の間にあるすべての支払い義務をいかに圧縮するかに熱心に取り組む。・・・他人に支払う経費は徹底して圧縮しながら、自分たちの懐にだけはたっぷりと現金をしまいこむ。神谷秀樹 前掲書 pp.127-128.
アランAケネディの株主資本主義の誤算は、株主価値重視のもとで経営者が実際に気にするのは、より単純に株価と時価総額で、理論的な意味でのキャシュフローをベースにした株主価値ではないとしています(株価について、把握や監視がしやすい 容易に測定できる わかりやすいといった言葉が並びます)。そして目先の株価を改善するために、経営者が長期的な観点を無視して研究開発費削減や人員削減に走っていることを批判しています。Allan A.Kennedy, The End of Shareholder Value, 2000.酒井泰介訳『株主資本主義の誤算』ダイヤモンド社, 2002年4月, pp.100-103, 234-235.
統合によるシナジー効果
なお企業買収の場合は、統合したことによるシナジー(統合)効果を考える必要がある。
分類 | 内容 |
売り上げの増加 | クロスセリング(抱き合わせ) 販売チャネルの増加 ブランド効果 |
コスト削減 | 営業拠点・生産拠点の統廃合 価格交渉力(販売・購入)の増加 重複間接部門の削減 重複物流コストの削減 |
研究開発力の拡大 | 研究開発投資力拡大 新たな技術・ノウハウの複合効果 |
財務面の改善 | 資金調達コストの低下 資金調達余力の拡大 |
資料:公認会計士協会「企業価値ガイドライン」2007/07 図表Ⅳ-23を書き換え
なお調達余力の拡大 DCF法の簡便化された形が収益還元法capitalization method。これは毎期のCFの大きさを期待収益率で割って妥当な元本の大きさを算出するものである。
TOBにおけるプレミアム
欧米のTOBをみるとTOBの提示価格(すでに考えてきたような手法で算定される)は、一般には直前の市場価格より2割から3割上乗せ幅(プレミアム)があるのが普通。2006-2007年の日本のTOBにおけるプレミアムも2-3割の水準になってきており、2割弱だった2005年に比べてプレミアムが欧米並みの水準になってきたと評価される。
このようなプレミアムには、買い手が想定する理論価格が市場価格よりも高いことのほか、株主の応募を誘う目的をも反映している。そのため買収側が競合する場合には、買収価値が競りあがることがある。このプレミアムには、企業のブランド価値評価で問題になるような、企業価値を高めるようなその企業のカルチャー、企業内統治のありかたなどバランスシート外の要因が、反映していると思われる。逆に買収先企業の資産に含み損があることが資産査定で発見されるケースでは、適正価値が市場価格より下に算定される場合もある。
企業価値・株価について
上村達男氏は、次のような異論をのべている。まず企業価値は、企業が有するミッション、使命が実現することだ。それこそが企業経営者の目的だと。また株価が企業価値を反映するという議論に対しては、株式の大半が安定保有されている市場構造で成立する株価を競争的な株価と偽装するものだ、また株価が上がっていってその最後の株価が全体の株価というのも擬制に過ぎないとしている。(上村達男・金子昭『株式会社はどこへ行くか』2007, 96-102.)
国税庁方式
なお非上場株式の評価方法については、国税庁が定めている3つの方式がある。それは1)類似業種比準方式、2)純資産方式、3)配当還元方式の3つである。
1)はマルチプル法、2)はコストアプローチのb)と同じ考え方である。3)では配当利回り10%、すなわち株価は配当の10倍という数値が置かれている。
上場株式の配当利回りは現在は1%台であるから、これらの数値の中では3)が低い数値になる。
また1) 類似業種比準方式では、配当金、利益、純資産について類似業種上場会社の数値(以下の数式の太字)と参照(比準)するが、この比準した数値を利益についてだけ3倍し全体を5で割っている。かつては単純に合算して3で割っていた。これは利益数値を重視するようになったからであろう。出た数値にさらに0.5から0.7の斟酌率をかけ合わせるのは、非上場株は流通が困難であるだけに上場株式にくらべて流動性が落ちる分、評価を下げるべきだからだ。
p=P×[{(d/D)+(e/E)×3+(a/A)}/5]×斟酌率
投資の採択・棄却の判断基準
以上企業価値評価の手法に対して、事業投資の開始や重点化などの採択・棄却の判断において用いられる方法を復習する。
回収期間法payback period method。投資額investment(ある事業投資に必要な経費をここでは投資価値と呼ぶ)の回収期間を問題にする。期間が短いものがよい。
投資判断基準 利回り差 =投資利回りー長期金利
リスクプレミアムの上乗せ必要
マンション投資における価格回収率=物件価格÷年間賃貸料 16倍以下
マンション投資における表面利回り=年間賃貸料÷物件価格
実質利回り≒表面利回りー1.5%
東京都心部の大型オフィスビルの利回りは3.5%
*このように一般似事業投資で用いられる投資判断基準は、不動産価値の判定でもしばしば援用されている。たとえば
1)コストアプローチ(cost approach) その物件を今建てる費用から物理的・機能的な減価分と今後の改修費用を減額、底地の不動産価値を加算して求める。これはコストアプローチだが、解散価値でなく、再取得価値を求めている。つまりコストアプローチのなかに、解散価値を求める手法と、再取得価値を求める手法とがある。
2)比較可能売却価格アプローチ(comparable sales approach)近隣での最近の売却事例と比較する 物件内容を当該物件に合わせて事例価格を修正したうえで示唆される当該物件価格を推定する。
3)インカムアプローチ(income approach) その物件から得られる年間純所得を求める。純所得は賃料の年合計から税金や管理費用、修繕費用など物件を賃貸物件として維持するのに必要な諸費用を減額して求める。そしてこれを期待利回り(cap.rate)で割ることで評価額を求める(income capitalization)。期待利回りは他の投資家が該当地域で同種の物件から得ている利回りの平均値が適当とされる。
Gary W.Eldred, Investing in Real Estate, 6th ed., Wiley:2009, pp.47-76.
会計的利益率法accounting return on investment or accounting profit rate method。想定する投資利益率などを問題にするもの。
インカム法以外の手法は、インカム法に比べて簡明で、実際に使われているものの、貨幣の時間価値を問題にしていない(異時点の貨幣価値を等価としている)点で科学的な手法ではないとして批判される。そこで登場するのがDCF法とよく似た正味現在価値法net present value method:NPV。割引率を用いて、将来時点CFの大きさを現在時点の大きさにそろえて、算出される将来CFから推定される投資価値(理論価値)がどれだけ、市場で現実に提示されている投資価値を上回っているかを問題にするもの。
NPV = 将来収益の現在価値合計 - 投資額
あるいは内部収益率法IRR internal rate of return method。理論価値と提示されている投資額とをバランスさせる割引率である内部収益率を求めて、それと期待収益率とを比較することで事業価値の採択棄却を問題にするもの。
方法 | 採択approve | 棄却reject | 無差別 |
NPV | >0 | <0 | =0 |
IRR | >k | <k | =k |
kは投資家のhurdle rate
(Source : R. Advani, The Wall Street MBA, McGrawhill:2006, p.144.
NPVやIRRは回収期間法などに比べれば進化した手法であるものの、なお株主からみたコストを明示的に取り込んでいないとの批判がある。
事業部門間や事業会社間の株主から見た比較にはEVA
株主からみた資本コスト(期待収益率)の大きさを明示的に取り込んで、加重平均資本コストを上回って生み出される経済的付加価値の多寡を問題にする手法が、経済的付加価値EVA : economic value addedを計測という方法である。
EVA = 税引き後営業利益 - 使用総資本×資本コスト
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally appeared in Sept.1, 2008.
Corrected and reposted in June 13, 2018
別解 投資サイトでよく見られる理論株価は以下のような式あるいはその変形で計算されているとみられる。理論株価の算定式(https://dmjtmj-stock.com/entry/2016/11/19/002341)
実際の株価は理論株価を下回ったり上回ったりしている。
=BPS+EPS×10
=BPS+EPS×30
EPS:1株当たり純利益 BPS:1株当たり純資産
この10という数値は適正なPERの数値からきている。PERの議論をしたときに紹介したように、業種により適正とされるPERには違いがある。またこの式は株価がBPSを下回る(PBRの1割れ)状況で果たしてどれだけの妥当性があるだろうか?
=BPS+今期予想EPS+来期予想EPSの現在価値+その後の予想EPSの現在価値合計