Entrance for Studies in Finance

新潟県中越沖地震(2007年7月16日):リケン柏崎の被災

Hiroshi Fukumitsu

 2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震では、部品メーカー「リケン」の柏崎事業所が被災。操業停止に陥った。しかし同社が生産するピストンリングはエンジンの基幹部品で国内シェアは5割。また変速機のシールリンクでは7割のシェア。在庫を絞り込んでいた完成車メーカーは全12社が、また変速機大手のジャトコが順次生産停止という異例の事態となった。
 トヨタ自動車では間接部門の要員をふくめ500人の要員を派遣。その他他社の応援を含め650名の応援部隊が入ってリケンの生産再開に協力。結局7月23日にリケンは生産を再開できた。これを受けて完成車メーカーでは23日に5社、24日に3社、25日に残りの4社も生産を順次再開した。
 今回の操業停止について、カンバン方式あるいはリーン生産方式(lean or Toyota production system, JIT just-in-time production system)の弱点が出たとの意見がある。これはトヨタの工場で完成されたのでトヨタシステムとも呼ばれる。カンバン方式は在庫をできるだけ持たない生産方式であるため、在庫が少なくて直ちに操業停止に陥ったとの見方である。
Business Studies stock control and lean production by jaslocombe

トヨタシステムの意義
ここでフォードシステムに対するトヨタシステムの意義を述べる必要がある。工場内の大量生産のあり方としてフォードシステムあるいはベルトコンベアシステムというものが成立したのは20世紀初頭のアメリカにおいてであった。それはベルトコンベアが走る中央部を中心に作業員や組み立て材料が配置され、コンベアのスピードが作業のスピードを決めるというもの。一見非人間的に見えるが、最初に最良の組み立て作業を工夫してそれをマニュアル化して、工員に実行させることで怠業を防ぎ、作業効率を上げようとする科学的労働管理の考え方がベースにある。
 この場合、材料の補充は工場がもちろん管理している。これに対してトヨタシステムでは、カンバンといわれるボードに作業に必要とする材料の在庫を表示して納入業者が、それを見て在庫補充をしてゆく。これはメーカー側が組み立てメーカーで、他方で材料を納入する多数の部品メーカーがあるという企業間関係の中で成立するが、組み立てメーカーの側は最小の在庫で効率よく生産を進めることができる。

求められる修正
 これに対して、カンバン方式自体が悪いのではなく、発注が1か所に地域的に集中していたことに問題がある。また特定のメーカーに発注を集中し、そのことで調達価格の引き下げを図る購買先集中戦略がリスクを高めたという指摘がある。
 完成車メーカー側では今回の反省として、複数社発注によるリスク分散に加え調達先(地域)の分散、在庫水準の引き上げという課題が残った。また部品メーカー側では、供給の責任という観点から、生産の地域的分散、在庫水準の引き上げが課題となった。しかしこのようなリスク管理の強化は、生産性の改善(競争力の強化)とは矛盾する。
(市場シェアの高いメーカーは、その商品が不足することにより社会に与える影響が大きい。他方でシェアが高いことで価格支配力が高いことから、超過利潤を獲得していると思われる。このようなメーカーは、社会に対してこうした商品を安定して供給する供給責任supply responsibilityを負っている。
 他方で市場シェアの大小にかかわらず、商品を供給している側は、その商品の安全性、耐久性、さらに性能、品質、合法性などについて、供給者責任supplier responsibilityを負っているのではないだろうか。供給者責任は製造物責任というように表現されるものと同様である。
 私はこの議論について、社会のエリート集団は、高貴なものとして社会に対して義務があるとするnobless oblige(=noble obligation)論と似たロジックを感じるのだが、間違っているだろうか。どこが似ているかというと、<その社会的立場から生ずる><社会的責任がある>という部分はよく似ている。)
 1995年1月の阪神大震災ではバネ用鋼材トップの神戸製鋼所やブレーキシステム大手の住友電機工業が被災し、9社合計4万台の減産となった。1997年2月のアイシン精機の火災では、ブレーキ部品の供給が途切れた。トヨタの主力ラインが3日とまり7万台の減産となった。04年の新潟県中越地震でも日本精機のメーター機器供給停止でホンダの3工場が操業停止に陥っている。今回のケースでは影響は12社減産台数は11万台というこれまでにない規模になった。現在日本における自動車生産は月間100万台とされるから、約10%の減産である。ホンダの熊本工場については柏崎から遠く、在庫も少ないので操業停止が伸びたとされる。ホンダの熊本製作所は1976年に稼働を始め2輪車の生産と軽自動車向け汎用エンジンの生産などを行っている。

モデルの修正への抵抗 
 今回の震災を教訓として、部品供給を特定メーカー、特定地域に集中することはリスク管理の観点から修正を要するという声が一方ではでている。災害リスクを最小化するという観点から、部品工場を含め工場を分散させること。それは、労働力確保の点からも(求人倍率が低いところであれば人材を確保しやすい)、意義があるに違いない。
 これに対して他方では、カンバン方式やその発展としての特定メーカーへの生産の集中(コストの引き下げ)は基本的には間違っていないとの主張もある。むしろ自動車メーカー12社に加え取引先30社以上が延べ1万人の人員を出したリケン再建への今回の協力は、震災対応のモデルケースとの意見もありうる。
 確かに人手で対応してメーカーも協力して危機を乗り切ったという理解もありうる。では今後もその繰り返しでいいのだろうか。いざとなれば業界をあげて支援してもらえるということでいいのだろうか。

結論:モデルの修正をするべき
 結論としては、今後分散は不可避であろう(旭化成では2008年2月末に、従来滋賀県守山市で集中生産していたセパレータ(リチウム電池の材料で旭化成の世界シェアは約5割)の新工場を宮崎県日向市に建設することを発表している。守山が手狭となったことのほか、地震が起きた際の一極集中生産のリスクを分散する狙いがある。
自動車用特殊線材で世界シェア5割の神戸製鋼所の神戸製鉄所が停止した阪神大震災を教訓に教訓に、神戸製鋼所では兵庫県加古川製鉄所でも生産できるようにした。松下電池工業では、本社守口工場(大阪府)で2007年9月末に起きた火災の影響でリチウム電池生産がストップして、松下電器のパソコンや、顧客のペンタックスの新製品発売に影響が出たことを教訓に、2008年5月までに和歌山工場(紀の川市)にもリチウム電池一貫生産体制を整備することにした。
 同様の事故として有名なのは2007年3月に信越化学工業直江津工場(新潟県上越市)で起きた爆発事故。この工場では国内市場で9割のシェアを占める「セルロース誘導体」の供給がストップした。信越では5月末に生産を再開させたものの、同時にこの事故の反省からドイツの工場でも2009年から生産を開始することにした。
このように市場で高いシェアをもつ企業は、市場に対して安定した供給を行う義務がある。したがって効率性と安定した供給を追及する義務とのバランスが必要だろう。他方で調達企業の側も、コストだけでなく調達を安定して確保する方策を自ら講ずるべきで、調達先の分散(代替調達先の確保)などを心がけるべきだろう。
 供給側としては、物流拠点の在庫水準を高めること(リスクバッファーとして受忍すること)、他の拠点でも生産で即応できるようにメーカーから認証をあらかじめ受けておくことなどを、検討するべきだろう。
 この問題でリケンはピストンリングの生産での国内シェア50%。それを柏崎でもっぱら作っていた。その結果、自動車メーカー全体で13万台の減産に陥った。効率やコストの観点が行きすぎていた結果責任は明らかだ。今回の震災を教訓にしたモデルの修正は不可避だといえる。メーカー間のさまざまな協力を可能性として排除するものではないが、リスク管理はあくまで自力でどこまでの対応が取れるかを追及するべきはないか。
 なおフォードシステム(ライン生産)とトヨタシステム(カンバンシステム)については以下を参照。
 収益改善を生産から考える
また科学的管理については以下にテイラーとの関係を簡単に触れている。経営学講義(1)

 (また私はこのような災害時の対応の問題は、障害者や外国人など社会の少数者マイノリティのための、公共施設・店舗の整備が遅れていた問題とも似ていると感じた。少数者に配慮した施設作りは、最近までなかなか進まなかった。災害と同じように実際にそうした人が現れたら、人手で対応すればよいという経済効率優先の発想が、整備を遅らせたのである。経済効率優先の発想は、実は大きなリスク[この場合は生産が長期間中断するリスク あるいは隠された少数者の大きな不満]を先送りしているだけで、長期的には却って効率が悪いのかもしれない。しかし実際に整備してみると、こうした施設には健常者のニーズ[日常的なバッファー機能、販売機会を喪失しないなど]もあることがわかった。障害者サービスの場合は、取引の新たなニーズ[障害者サービスは高齢者にとっても優しいサービスとなりうる]を引き出したり、その企業やさらに都市の評価や好感度につながる効果も確認された。自社の効率ではなく、最終目的を顧客の満足度や社会に対する商品やサービスの供給に置き換えれば、おのずと方向は見えるのではないか。)

文献
「トヨタ方式は弱点だは大きな誤解」『週刊ポスト』07/08/10
「練り直しを求められるトヨタのカンバン方式」『財界』07/08/28
「リケンの経験に学ぶリスクマネジメント」『金融財政事情』08/02/25

2011年3月11日に発生した東日本大震災により自動車業界は再び大打撃を受けた。その理由を河村さんは今回の地震の被害が広範囲だったことに求めている。
 「新潟中越地震の際にはリケン1社のために国内の全生産ラインがストップするという異常な事態を招いた反省から、大手自動車メーカーは同じ部品を複数のサプライヤーに発注する複社発注を徹底してきた。サプライヤーも生産エリアを分散するなどのリスク回避に注力してきたが、今回の地震による被害は広範囲に及んでいるため、分散効果が得られていない。」(河村靖史「全国で生産に大打撃 海外含め生産拠点の見直しも」『エコノミスト』2011年3月29日, pp.24-25)
電力の問題も重なり自動車メーカーは生産拠点を海外に本格的に移転するかの決断を迫られていると、河村さんは結んでいる。
 なお河村さんがおそらく遠慮して書いていないのは、今回の地震で企業が痛感させられた問題は、工場の立地選択にあたって(ほかの条件が同じであれば)地震リスクの低い土地を選択することの重要性である。

 Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author. originally appeared in Mar.3, 2008. corrected and reposted in Jan.11, 2010 and March 24, 2011.
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