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Annaberg Sugar Plantation
アンナバーグ 製糖工場
18世紀から19世紀にかけて、
カリブ海の島々で隆盛を極めた砂糖の生産 ・・
アンナバーグ 製糖工場跡は、
セント ジョン島に残る往時を偲ぶモニュメントです。
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セント ジョン島は、
セント トーマス島に続いてデンマークの領地となりました。
強い陽射しと肥沃な土地は砂糖キビ栽培に適し、
島は瞬く間に砂糖キビで埋め尽くされました。
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当時、ヨーロッパで消費される砂糖の 70パーセント以上が
カリブ海の島々で生産されていました。
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19世紀に入ると、
イギリスやフランスなどが
カリブ海における砂糖生産で台頭しはじめ、
デンマークの独占利益は減少していきます。
また、貿易や商業へと植民地の役割が移行していき、
セント ジョン島の砂糖生産は終焉を迎えました。
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1917年、セント トーマス島と同様にデンマークからアメリカに
金銭譲渡されたセント ジョン島 ・・
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島の多くの部分はロックフェラー財団が買い取り、
財団の所有地となりました。
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石油で巨万の富を築いた
John Davison Rockefeller, Sr
ジョン・デイヴィソン・ロックフェラー・シニア (1839年ー1937年 )
の孫
Laurance Rockefeller
ローレンス・ロックフェラー (1910年ー2004年 ) は、
1956年、
所有地のほとんどをアメリカ合衆国国立公園局に寄付しました。
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寄付の条件は環境保護 ・・
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以来、セント ジョン島の美しい自然は守られています。
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遥か昔、南米から船で渡ってきた先住民が暮らした島 ・・
ヨーロッパからコロンブスがやってきて、
島は砂糖キビの島に変わりました。
甘い蜜の栽培のために先住民が駆り出され、
先住民は、
過酷な労働とヨーロッパからもたらされた伝染病で滅びました。
次に、アフリカから奴隷が連れてこられました。
その数は、カリブ海全体で延べ 1000万人ともいわれています。
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島は、何事もなかったかのように穏かです。
すべては、波が洗い流してしまったのでしょうか ・・
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