六波羅蜜寺 (ろくはらみつじ ) ・・・
空也上人 (くうやしょうにん ) が開創した
歴史的に有名な寺ですが、
意外と小さいことに驚かされます。
(平家一門の屋敷および六波羅探題跡に建つ学校
画面左奥が東山 )
東山の麓 ・・・ 平安時代、六波羅蜜寺があるこのあたりは
『六波羅 (六原とも ) 』 と呼ばれ、
平清盛をはじめ平家一門の屋敷が並んでいたそうです。
また、鎌倉時代には、ここに
『六波羅探題 (ろくはらたんだい ) 』 が置かれていました。
注: 六波羅探題とは、鎌倉幕府が設置した
京都守護のための要所。
平安時代から鎌倉時代にかけての面影はありませんが、
現在、
この界隈ではたくさんの 「路地 」 を見ることが出来ます。
(5月20日のブログ参照 )
(第2次世界大戦の ) 戦災を免れた京都には、
古い町並みが残されています。
中でも路地は、日本の住宅史における貴重な遺構です。
路地を内包する町名は、
鍵屋町、塗師屋町 (ぬしやちょう ) 、棟梁町、
鐘鋳町 (かねいちょう ) 、瓦町 (かわらちょう ) など ・・・
職業を中心にした
町 (路地 ) の形成過程が町名から想像出来ます。
人と自転車しか通れない生活路 ・・・
時に、それは、行き止まりの閉鎖的な空間です。
この路地を若者たちに開放し、路地を足がかりにして
若者たちが成長してくれることを願うひとりの女性がいます。
jfk-world