忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

はげじーじーVSタイガーじーじー

2010年08月19日 | 過去記事
初めて「妻の妹」に会った。初めましてである。妹とはいえど、年は私よりもひとつ上だが、やはり、妻にどこか似ていると思った。妻を知っている人は想像して欲しいのだが、アレをこう、もうちょっと縮めてぽんと叩き、横にむにゅぅ~~っと広げた感じであった。

妻の姉の子も大きくなっていた。むかし、どこかの川に連れて行き、バーベキューをしてやったときは、肉が焼けるのを馬鹿みたいな顔してみていた餓鬼だったのだが、もう身長は楽勝で抜かれていた。大人として体重だけは譲れないところだが、それでも海鮮チャーハン喰った後にライス喰っているのは、正直、引いた。元々器用な坊主だったが、今では「パソコンを組み立てる」というからお手上げだ。

子供の成長は早い。そして年を取るのも早い。私もまだ、さっきまで17歳だったと思ったが、もう来年には不惑である。まさか、自分がいつか40歳になるなど想像したであろうか?40歳である。17歳のとき、22歳の女性と付き合っていたツレに「おばはん好き」とからかっていたのに、である。いま、22歳の女性などみると、おばはんどころかションベン臭いのである。でも、実際にションベン臭いのはこちらだったりする。残尿感とは錯覚ではないのだ。確実にちょろっと出る時もあろう。いや、ンなこたぁ、どうでもいい。

妻の家族に会う前、我が実家にも立ち寄った。私も久しぶりであるから、妻たちはもっとである。私の孫の「そーちゃん」も連れて行った。オカンには「法的には曾孫になる」と説明しておいたが、オカン自身、未だに「ひろくん」と私を呼ぶが、その私を追いかけて「じーじー♪」と呼ぶ3歳児に戸惑ってもいた。そらそうだろう。オカン、すまん。チカン、アカン。ギャクタイ、アカン。カン、もっとアカン。

大阪は江坂にある居酒屋に妻の家族が集結する。ざっと(ざっというなw)十数名はいる。顔は2種類だ。お父さんに似ている者、お母さんに似ている者、である。しかも、これで全員ではないという。コギャル化した誰かの娘などが来ていないというのである。「居酒屋で集まる」と聞いて「なにそれ?超うけるんですけど」とかだろうか。私にはわからない。

妻のお父さんも来た。妻の父親、すなわち「はげおとしゃん」であるが、やはり曾孫は可愛いらしく、おいでおいで♪と言いながら「そーちゃん」に近寄るも「いや!」と言われて、明らかに凹んでいた。顔が怖いのである。また、そういう時に限って私の膝に乗り「じーじー!」と機嫌良くするから、とても気不味かった。まさに「じーじー争い」である。

また、私の場合はタイガーマスクをかぶって「タイガーじーじー」になったり、日本刀(模造刀ね)を持ち出して「人斬りじーじー」になったりと、いろいろとバージョンもあるのだが、この「はげおとしゃんじーじー」は「禿げ」しかネタが無いのである。

そして、まさか「はげじーじ」と呼ばせるわけにもいかないので困っていたら、そこはさすが「そーちゃん」であった。場の空気を感じ取り、なんと「めがねじーじー」に落ち着いた。その手があったのである。ま、これでひとまず安心だ。



トカゲも洗礼を受けた。なんといっても娘、つまり「めがねじーじー」からすれば孫娘にあたる我が娘を17歳で奪っていった爬虫類である。次女は在日に取られるわ、その孫娘は爬虫類に持ってかれるわ、めがねじーじー、たまらないところである。しかし、さすがはもう70歳、大人になって角が取れためがねじーじーは、私を指しながらトカゲに対して言うのである。

「よう、じぶん、こんな怖いお父さんに、嫁さんにくれって言いに行けたな?ww」

あんたに言われたくないのである!と思ったら、長女の娘の旦那さんも言っていた。私の方を向いて「俺らのほうが大変やったちゅうねん!!な?」と言っていた。私はまだ、面と向かって言えないのである。男のおっちゃんは怖いのである。

その日も熱帯夜だったが、予想通り、トカゲは冬眠した。トカゲの席は私の隣、その隣には「めがねじーじー」である。私からは「犯罪者トカゲ・ロリコントカゲ」と言われ、その隣からは「なんや、じぶん、27か?んで、17を嫁にしたんか?」とネチネチやられる。娘を取りやがって、孫を取りやがってのサンドイッチ状態&サンドバッグ状態である。そのまま責任とって江坂の駅のホームから飛び込むのではないかと思うほどのフルボッコであった。また、酒に酔って場を紛らわせるにも、運転手でもあるトカゲが飲んでいるのはノンアルコールビールである。酔うためには5ガロンは飲まねばなるまい。私は今日はちょっとだけ、優しくしてあげることにした。からあげを取ってあげたりもした。

そしてトカゲは「おとうさん、喫煙所みつけました♪」という情報を売ってきた。たまには使えるのである。もちろん、妻の父親がいるから席での煙草は遠慮した。そこ、朝鮮人とか言わない。朱子学も関係ない。吸いにくいだけだ(笑)。それに、その場で吸っていたのは長女の旦那さんだけだ。50歳だし、なにより長男にあたる。キングパパ(めがねじーじー)の次に偉いのはこの人だから仕方がないのである。

また、これまた久しぶりに妻の兄にも会った。今度は江坂の串カツ屋さんで一杯やろうと約束しているのだが、このお兄ちゃんは優しいから好きだ。仕事場でのあだ名は「阿修羅」だそうだが、妹の旦那である私にはとても優しい。もちろん、私の妻にも優しくて、前までは「ちょっと狙ってるんぢゃ・・?」と思うほど優しかった。ま、それもそのはず、妻と妻の妹は、このお兄ちゃんが「おとうさん」でお姉ちゃんが「おかあさん」だった。

この「めがねじーじ」は妻がまだ小さい頃、女を作って蒸発した。名古屋にいる母親も自暴自棄になり、4人の子供を放置して消えてしまった。だから、妻の子供のころはお兄ちゃんが働いて金を稼ぎ、お姉ちゃんも働きながら家事全般をこなした。

小学校低学年だった妻が、公園で遊んでいて足を折ったことがあった。お兄ちゃんは慌てて病院に妻を連れて行ったのだが、もちろん、保険証も無ければ金もない。そこでお兄ちゃんは「ガラスの瓶に溜めた小銭」を持ち出してきて叩き割った。10円玉とか1円玉を集めて受付に渡し、当然足りないだろうからと、その不足分は貸してくださいと土下座した。

お兄ちゃんは中学生だった。学校が終わると現場仕事を手伝った。お姉ちゃんは高校にも行かず、朝から晩まで働いた。「誰かに助けてもらう」知恵自体が無かった。

お姉ちゃんは、妹ふたりが結婚するのを見届けてから、自分も結婚した。だから遅かった。お姉ちゃんの旦那さんも理解してそれを待った。お兄ちゃんはついに婚期を逃してしまったが、実は「マンションの階下にあるラーメン屋で働くアルバイトの女性」のことが好きである。今度、串カツ屋で飲るとき、私は「イケイケ!」と応援するつもりである。

妻は若くして結婚したが、相手は家庭内暴力夫だった。まったく関係ないが、勤め先は朝日新聞社で創価学会信者だった。妻は「お兄ちゃんとお姉ちゃんが悲しむ」という理由だけで何年も我慢した。冬の夜中、発作的に激怒した暴力夫に表に放り出されたときも、お兄ちゃんやお姉ちゃんに連絡せず、ひとりで朝まで堤防沿いを歩いた、と言っていた。

自分にではなく「娘を本気で蹴った」という理由から妻は家を出た。離婚の話も相手の母親としたという。暴力夫は布団に入ってファミコンしていたそうだ。また、妻は離婚してから初めて、お兄ちゃんの前で全てを話して泣いた。妻は「お兄ちゃんが泣いたのを見たのは、それが最初だった」と言った。お兄ちゃんは「なぜ言わないんだ!」ではなく「気付けなくてすまん」と泣いた。

妻の理想の男性は「お兄ちゃん」であった。「めがねじーじ」ではなかった。理想の母親像は「お姉ちゃん」であった。「名古屋のおかあさん」ではなかった。知り合った当初、妻は悪い意味で男性を信じなかった。私もそういう意味では苦労した(笑)。そして、自分に厳しかった。頭と心の中には「お姉ちゃん」がいたのだろう。今からは信じられない話だが、知り合ったときの妻はマイナス思考が表面化しており、常に後ろ向きな発想をする女性だった。しかし、突然現れた母親のことは許してもいた。女性同士、わかりあえる年齢にもなっていた。しかし、「めがねじーじ」は別だった。

「めがねじーじー」の蒸発から全てが始まったからだ。妻からすれば「名古屋のおかあさん」も被害者だった。「めがねじーじー」の放蕩で苦労もしていた。先日の居酒屋では七万円ほどの支払いをしてくれた「めがねじーじー」であったが、以前は倹約して暮らすお姉ちゃんや妻にすら金の無心をしてきたことがあったそうだ。だから、妻は私にすら嫌悪感を隠さなかった。睨みつける目で「(あんな父親は)最低」と言い捨てたこともあった。

妻は、蒸発して戻った父親を許せないことで苦しんでいた。それは、対象が他人でも苦しいことだ。何をどうしても憎しみは晴れないし、恨みは消えないからだ。ましてや、それが無条件で許し、愛すべき親のことである。そんな状態では、何らかの障害が出てくるに決まっている。精神にくるか体にくるかの違いだけで、必ず、その「許容できない苦しみ」は己を痛めつけることになる。事実、一緒にいる私のことでさえ、当時の妻は信じてくれなかった。「いつか、必ず、どこかに去っていく」と決めつけていた。その理由は自分の連れ子だったり、3つ上という自分の年齢だったり、本人曰く「何の取り柄もない女」だったりもした。常に他者が解決できぬ理由を探していた。今だから言えるが、妻は病んでいた。


私は妻に「一生のお願い」をした。これから私と暮らすという意味でも、子供のことや仕事のこと、そして、これからも生きてゆかねばならない、ということを話した。

そして、ある日、妻はようやく「なにをすればいいの?」と聞いてくれた。私はウソでいいから、お父さんに電話か手紙で「お父さんのこと好き」だと伝えてほしいと頼んだ。「鏡の法則」である。

「絶対にいや」だという予想通りの反応を示す妻に、何度も何度も頼み込んだ。自分のためではなく、私のため、子供らのためだと思ってやってくれとお願いした。妻は何日も自分と向き合ったと思う。妻は普通にしていたつもりだろうが、その態度は明らかに違っていた。迷っていたし、考えていた。私は改めて真面目な人だと思った。

妻は私の父のことも聞いてきた。私の場合は蒸発どころではなく、不倫の挙句、認知もせずどこかに消え去った。私は迷わず「感謝している」と言った。本心だった。酔った勢いであれ、魔が差したであれ、父がいなければ、今の私もここにおらず、妻にも会えていないわけだから、否応にも子とは親に感謝しなくてはならないことになっている。

妻は言う通りにしてくれた。そこから全てが変わり始める。

いま、「めがねじーじー」が70歳にもなって現場に出て働いているのは「年取った」からではない。その働いた金で娘や孫、曾孫に物を買い与えて喜んでいるのも「角が取れた」からではない。私のことを「朝鮮人で!今度はパチンコ屋だぁ?」と左翼が喜びそうな見下し方をしていた「めがねじーじー」が、その私に対して「娘をよろしゅう♪」と言ってくれるようになったのも、財布から1万円札をたくさん出して居酒屋で家族全員に御馳走してくれるようになったのも、すべては「子供から許されたから」である。

妻は心配になるほど笑うようになった。もちろん、疲れている日もある。悩みも不満もあろう。しかし、いつもふざけて、いつも私を困らせてくれる。いつも変なことを言って笑わせてくれて、いつも綺麗で可愛くいてくれる。私の世界でいちばん大切な人だ。

罰当たりな表現かもしれないが、妻が「めがねじーじー」を許した日、我が家の天岩戸が開いて神々しい日が差した。妻は父親のことを「はげおとしゃん」と呼ぶようになった。

「めがねじーじー」は居酒屋に居並ぶ家族を見て、嬉しそうに何度も「家族がこうして揃うことは幸せ」だと言った。その度に何度も「あんたがそれを言うか?ww」と子供らからツッコまれていた。みんなから「おとうさん」とか「おやっさん」とか「おやじさん」とか「めがねじーじー」とか「はげおとしゃん」とか、いろいろ呼ばれながら、とても嬉しそうに目を細めていた。帰りの駐車場、妻は運転席の窓を開けて「ばいばぁい♪」と手を振った。「めがねじーじー」は両手で大きく手を振っていた。

8 コメント

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Unknown ()
2010-08-19 19:41:03
泣けました。


私のそばにいてくれる「許すことの達人」にも、たくさん感謝しようと思います。
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Unknown ()
2010-08-20 12:09:34
教訓とさせて頂きます。
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Unknown (久代千代太郎)
2010-08-20 13:33:25
>し様

ホント、あの人は「許すことの達人」だね。許容範囲がイチロー守備範囲超えてるんだもんなww私も拝んでます。ありがたやありがたや。



>▲

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じーくはげまん!
じーくはげまん!


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Unknown (りんりん)
2010-08-20 16:23:53
泣けました。
無邪気なおかしゃんの過去の苦労・苦悩。
ちよたろおとしゃんの愛情。

もっかい泣いてきます。
ズルいなぁ、ちよたろさん文章が上手いんですもん。
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Unknown (久代千代太郎)
2010-08-21 17:10:04
>りんりん さん

「ちよたろおとしゃん」ww


なんか、かわいいw
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Unknown (二代目弥右衛門)
2010-08-24 18:04:37
本文を何度も読み返しました。

そして、何度も書き込もうと思いながらも書けませんでした。






副会長はやっぱり大きいですわ!

そしてもちろん、おかあしゃんも大きい人ですわ!


そんなご夫婦と出逢えたことに感謝!






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Unknown (久代千代太郎)
2010-08-24 22:10:36
>かいちょ


いえいえ、こちらこそ感謝ですってば。


これからも男を磨かせてもらいます。背中と後頭部を見て育ちますとも。

こんど、そのあたりのことを立ち飲み屋で語りませんか?京橋はええとこですね。
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Unknown (二代目弥右衛門)
2010-08-24 22:17:24
副会長

こちらこそ、本当に感謝しています。

今度また立ち飲み屋で語りましょう!
楽しみにしています。

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